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帰るべき場所

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Chapter 1
Episode 3
3話「悲しみを知らないあなたへ」
by (山咲 楓:著)
ナギサ:この棚、ここに置いていいかな? うん。私はあまりこだわりが無いから、ナギサの好きにレイアウトしてくれると嬉しいな。 楽しそうに悩むナギサを見て、私は幸せを噛み締めていた。あの後、両親公認だったこともあり、結婚の挨拶や顔合わせはスムーズに進んだ。そして、私の強い希望もあり、式の前に新居を買い、念願の同棲を開始した。 欲も休暇も少なかった私は、養成学校の頃から給料を貯め込んでいたのだ。 管理人は、志せばなれるものでは無い。文武両道、温厚篤実、肉体の無病息災、あらゆる項目をクリアして初めて養成学校からスカウトされる。そして三年をかけて約半分の生徒がふるいにかけられ、ようやく管理人として職に就けるのだ。 これだけの能力が求められる上に、他言無用、事実上の自己都合退職禁止など制約の多い職業だが、その分とても給料がいい。勤務して一年目の私が、一等地を一括購入出来るくらいには稼ぐことができる。 ナギサ:仕事部屋は、自分でやる?ロックかかってるけど… ごめん、そこは自分でやるよ。ありがとう。 私は焦って返事を返した。椅子がぽつんと置いてあるだけの窓ひとつない部屋なんて、きっと、ナギサが想像する仕事部屋とは、全く違う。 オーダーメイドで建てたこの家は、XANAのシステムで後からいくらでも変更は効く。その中で、私の仕事部屋だけは変更できないよう設定の上、二重扉を設置、完全に防音をし、窓を無くし、ソフィアしかロック解除出来ないようにしてある。こんな事をしているのに、ナギサが何も聞かずにいてくれるのが本当にありがたかった。 ソフィア:あの~…幸せそうなところ忍びないんだけど…そろそろ時間ですよ~。 見た事ないくらいニタニタしたソフィアがこちらを見ている。私は目で嗜めながら、ナギサに声をかける。 仕事の時間みたいだ。申し訳ないけど、この前伝えた通り、ロックかけて部屋にこもるね。勤務が終わるまで出てこないけど…いつものことだから、安心して。何かあったら、ソフィアがちゃんと見ててくれるから…その… 分かっていた事とはいえ、歯切れが悪くなってしまう。やはり、大切な人に隠し事をしなければならないのは心が痛い。 ナギサは、片付けを中断して、トコトコとこちらにやってきた。そして、私を思い切り抱きしめてくれる。 ナギサ:うん。いってらっしゃい。 いってきます。 そう言って、私はすぐに仕事部屋に入り、ロックをした。素っ気無かったか、とも思ったが、初めての「いってきます」で涙は見せたくなかった。…

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Chapter 1
Episode 2
2話「愛をこめて」
by (山咲 楓:著)
ソフィア:本日の業務、オールクリア。XANAへ意識が移行します。ボックス内へ入り、機器を装着してください。 私は、重い体をボックスに入れ、素早く機器を装着する。やる事をやれば、勤務時間は短く済む。この仕事唯一のやりがいだ。 ソフィア:機器の正常な装着を確認。目を閉じ、体の力を抜いてください。カウントダウンを開始します。5秒前、4、3、2、1…… 次の瞬間、肉体にかかっていた重力が消えたような心地になる。筋肉痛から解放され、いつまでも腹に留まっていた人工食糧の不快感が消える。 ソフィア:XANAへの意識移行が完了しました。モーションの確認を行います。体を軽く動かしてください。 椅子から立ち、歩きながら腕や頭を前後左右に動かす。首が、重い頭を支えなくて良い、と喜んでいるように思える。 ソフィア:モーションの確認完了。異常ありません。明日もXANA共通時間 AM10:00より勤務開始です。お疲れ様でした。 ソフィアもお疲れ様。この部屋のロック解除と、ノーマルモードへの変更お願い。 ソフィア:オッケー。ロック解除完了!ナギサさんにも連絡入れとくね。前聞いたスケジュールだと、多分今日は会えるんじゃないかな? ありがとう、と言いながら口角が自然に上がるのを感じる。学生時代に付き合い始めてから、もうすぐ10年が経つというのに、未だに会えるだけでわくわくしてしまう。 しばらくして、来訪者の通知音がピコーンと鳴る。 ビジョンを見て、すぐにソフィアにロック解除を頼む。私は小走りで玄関へ向かった。 ナギサ:こんばんは。新しいゲーム買ったから、一緒にやろうと思って来ちゃった。 いらっしゃい。言ってくれればロック開けておいたのに… ナギサ:え?ソフィアちゃんに連絡入れた…よね? ナギサが、AIのマリンを見て首を傾げる。 マリンは、ソフィアと悪戯っ子のように目配せをしていた。…

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Chapter 1
Episode 1
1話「仮想と肉体のハザマより」
by (山咲 楓:著)
ソフィア:ワークモード起動。管理人No.3709 XANA共通時間 AM10:00 より、肉体へ意識が移行します。安全な場所にて、待機してください。移行まで残り5分です。 私は、部屋のロックを確認し、椅子に座った。 ソフィアはよく通る声で続ける。 ソフィア:残り3分です。 毎日のことだが、意識移行前のこの時間をどうにも持て余してしまう。考えなくても良いことを考えてしまう前に、頭の体操がてら、この世界の始まりから現在までを、頭に描くことで毎日時間を潰している。 昨日は20XX年で終わっていたから、今日はその続きからだ。 人口の爆発により、世界に人間が動き回れる土地が無くなった時代。 研究者達は、肉体を小さな箱に収め現実世界へ置き、意識のみ仮想空間へ送ることを考え出した。 幸い、技術の進歩により、実現は容易だった。 個人の空間など持てなかった人々にとって、仮想空間の無限の広さは、何よりの宝だったという。 生活の基盤は次々に仮想空間へ移され、資産の電子化、企業の仮想空間への移行、見た目が容易く変えられる世界での個人の識別方法の確立…全てが仮想空間へと移され、現実世界は肉体の倉庫となった。 人々は、新しい世界に名前を付けた。 『XANA』 今、私が生きる世界。 ソフィア:肉体への意識の移行が完了しました。健康状態の診断を開始します。横になったまま、動かないでください。 ピピっという機械音と共に、わずかな振動が体に伝わる。もう慣れたが、最初の頃は怖くて仕方なかった感覚だ。…
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