恋とAIと

3話「恋でもAIでも」


「あのニーナさん。」

 沈黙を切り裂いたのは、レイジだった。いつの間にかうなだれ気味になっていた姿勢をピシッと整え、やや震えた声色で、ニーナに話しかけたのだ。

「はい、なんでしょう?」

 ニーナは、ぼんやりと海を眺めていた視線を上げると、隣に座るレイジの方へ体を向け、じっとその目を見つめた。

「えっとそのメタバース上の恋愛について、どうお考えですか?」

「メタバース上の恋愛ですか?」

「は、はい。変なことを聞いているのは自分でも分かっているんですが、最近ちょっとその、メタバースの中で出会った人に対して恋愛感情を持つことが、いいのか悪いのかみたいなことを、悩んでいるというか悩んでいた?みたいな感じでして、いや、悪いことはないんですけど!」

 しどろもどろになりながら、レイジは何とか自分の頭の中にある思いを整理し、一つずつ伝えようとしていた。ニーナはというと、頬に手を当てて、深く考え込むように口を結んでいる。

えっとえっと、最終的に僕は、相手とどこで出会おうと、相手にどんな背景があろうと、好きになったんなら何も難しいことは考える必要はないんじゃないかなって、思ったんです。そして、その人と仲良くなりたいって思うことは、ごくごく自然なことなんじゃないかなって、そういう結論に至ってですね。」

 レイジがなんとか最後まで話し終えると、そのタイミングを伺っていたのか、ニーナが再び視線を上げて、レイジの目をじっと見つめ直した。

レイジさん。」

「は、はい!」

「そのすみません、私、そういうのよく分からないというか恋愛とかには疎いもので、一生懸命考えてみたんですけどレイジさんが満足するような考え方は、私の中にはないかもしれません。」

「そ、そうですかいや、ホント急にわけの分からないことを言って、申し訳ないです!」

「い、いえいえ、謝らないでください!私って、本当に薄っぺらくて、面白みがないんです。」

ニーナさん?」

 それからニーナは、少しだけ肩を落として、ゆっくりと自分について語り始めた。

私ね、誰かと会話をしている時でも、当たり障りのない内容しか返せないんです。気の利いたことも、面白いことも言えない。だから、一対一で喋るのって、実はあんまり得意じゃなくて会話をしていても、『ああ、この人も、私と話すより他のことをしたいって思ってるんだろうな』って、そう感じちゃうんです。」

。」

「だから私、大勢でいる時には、なるべく気配を消すんです。楽しい話題の時は笑って、困った話題の時には相槌をうってそうやって、会話を邪魔しないように。」

「邪魔しないように。」

うふふ、だからね、私がレイジさんを手助けしたみたいなのも、一歩引いて会話を見てるから、『この人、会話に入るタイミングを伺っているのかな?』って感じる瞬間があったからなんです。誰かのために私にできることって、それくらいだから。」

。」

「そういう表面的なことはできるんですけど、深い話題になると、何にも考えられなくなっちゃうんですよね、私。まるで、私にはそんな機能がついていないみたいなんて。」

 そう言って笑うニーナの笑顔は、いつもよりほんの少しだけ、寂しそうに見える。

 すると、それまでほとんど口を噤んでいたレイジが、優しい口調で話し始めた。

「表面的なんかじゃない。」

えっ?」

「ニーナさんが僕にしてくれたことは、表面的なことなんかじゃありません。僕がこの世界で生きていこうと思えたのは、あなたのお陰なんです。」

そんな大それたこと、私なんかには。」

確かに、あの日あなたがしたことは、目の前で困っている男の背中を、少し押しただけかもしれません。だけどその男にとって、優しく背中を押してくれたその手が、どれだけ温かかったことか。どれだけ救われたことか。それは、僕にしか分かりません。だから、否定なんかしないでください。」

。」

「ニーナさんがいてくれたから、僕はあの日、会話に入ることができた。会話に入ることができたから、友だちもできたし、居心地のいいコミュニティに入ることもできた。だからこそ、僕はメタバースでの暮らしが楽しくて仕方なくなったし、毎日を自分らしく生きられるようになったんです。」

「レイジさん。」

あなたが好きです、ニーナさん。」

!」

「僕は、本当のあなたを知らないかもしれません。だけど、あなたが知らないあなたの素晴らしさは知っています。どうか、僕と一緒に、この世界で生きてもらえませんかお願いします!」

 レイジは、真剣な眼差しでそう言うと、深々と頭を下げた。

深く知ったら、つまらない女だなって思うかもしれませんよ?」

「それなら、僕があなたを笑わせます。」

あなたが思っているような、素晴らしい女じゃないかもしれませんよ?」

「それなら、他に良いところを見つけます。」

こんな私で、本当にいいんですか?」

「はい。あなただからこそ、僕は想いを伝える勇気を持てたんです。」

。」

 二人の間に、再びしばしの静寂が訪れた。そして

不束者ですが、よろしくお願いいたします。」

 そう答えながら、ニーナはレイジの手をギュッと握った。

やったー!!!」

 その瞬間、レイジの歓喜の雄たけびが、周囲に響き渡った。

「ちょ、ちょっとレイジさん、恥ずかしいですって!」

「あ、すみません、つい嬉しくてふふふ。」

「まったくもううふふ。」

 二人は目を見合わせながら、しばらくの間笑い合っていた。

 そして、そんな二人を遠くから見守る人影がひとつ。

おめでとうございます、レイジ。今のあなたにぴったりの言葉を送りましょう。かのマハトマ·ガンジーは言いました。『臆病なものは、愛を表明することができない。愛を表明することは、勇敢さの現れである。』とね。あなたは、とても勇敢なマスターです。」

「ははは。」

「うふふ。そう言えばレイジさん、さっき『メタバースで出会った人に恋愛感情を持つこと』がどうとか、言っていましたよね?あれって、どういう意味だったんですか?」

「ええと気を悪くしないくださいね?今だから言いますけど、実は僕、もしかしたらニーナさんが、アバターの外見をしたAIなんじゃないかって思ってた時期があって。」

AIですか?」

「いや、その、悪い意味じゃないんです!ただその、困ってる僕を助けてくれる姿が、完璧なサポートAIみたいだな~って。」

「なるほどつまりレイジさんは、もしAIを好きになっていたらどうしようということに悩んでいたんですね?」

はい、そうです。」

まぁ、私も何度か、『AIじゃないよね?』って直接聞かれたこともありますし、AIらしさがあるのは自覚していますけど。」

「それで、その実際のところは?」

「うふふ、やっぱり気になるんですか?私は。」

 二人にしか聞こえない会話は、クライマックスを迎えた演奏に向けられた、大きな歓声にかき消された。

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