Episode 4 「黎明」
「──ごめんなさい!」
「は?」
片手を突きつける慎吾に対し、有紗が取ったのは思わぬ行動だった。
突如、頭を下げたのだ。その雰囲気も先程までとは異なっているように思えたので、困惑するしかない。
「私はあなたを決して殺したりしない。むしろ守りたくて接触した。本当は私達は新人類の誕生を推進している側なの。殺そうとしておいて何を、と思うのはもっともだけど……信じて欲しい」
有紗は真摯な瞳で見つめてきた。
嘘を言っているようには見えなかったが、そう易々と信じるわけにもいかない。
しかし、思い出してみれば、有紗は自分がどちらの勢力に与しているかも口にしていなかった。
それに、彼女が同じ新人類としての能力を持っているなら、確かに反対する側よりも推進する側の方が筋は通っている。
「じゃあ、どうしてこんなことを……」
「あなたや私を望まない勢力がいるのは事実なの。今はそんな様子はないのだけど、いずれ本気で殺しに来ることがあるかもしれないわ。だから、あなたには一刻も早く自分の能力に気づいて欲しかった。たとえ過激な手段を使っても……」
その言葉からは有紗も焦っていたことが感じられた。
実際、こうして自分で能力を使用してみなければ、なかなか信じられなかったかもしれない。
慎吾は突きつけていた手をゆっくりと下ろした。けれど、警戒は保ったまま問いかける。
「……それで、俺はどうすればいいんだ?」
有紗は少しホッとした様子で答える。
「私達に協力して欲しい。あなたが必要なの」
「でも、あんたがいるじゃないか。そこに俺が増えたところで……」
慎吾は自分を卑下するが、有紗は首を横に振った。
「いいえ、あなたじゃないといけないの」
彼女は澄み渡るような瞳で見つめてきた。
「私はね、あの時、自分が負けるなんて思ってもみなかったわ」
有紗は記憶を追想するようにして言った。
それはきっと『SAMURAI』での試合のことだろう。脳波が関係しているとはいえ、所詮はゲームでの出来事に過ぎないと思う。
けれど、彼女はどこまでも真っすぐな態度で告げる。
「あなたはきっと私よりも特別よ。あなたがいれば、きっと世界を変えられる。だから、手を貸して。お願い」
慎吾はこれまで、何者にもなれないと思って生きてきた。
そんな自分が誰かにとっての特別に、そして世界を変えられる存在に、なれるかもしれない。
それは彼にとって誘いに乗るのに十分な理由だった。
「……ああ、分かった。俺に何が出来るかは分からないけど、あんた達に協力する」
「本当っ!? ありがとう!」
有紗は天真爛漫に喜んで見せる。その様子はまるで子供のように純朴だった。
「今日は疲れたでしょうから、ひとまずは連絡先の交換だけにして、今後のことは次の機会に」
そういう風に有紗は話をまとめて、家に帰れることになった。
だが、その前に「ただ……」と彼女は何やら言いにくそうにする。
「これからは『XANA』で『SAMURAI』のようなゲームで遊ぶのは控えて欲しい。どこであなたの能力が知られてしまうか分からないから」
「……それは痛いな」
その様子から彼女も知っているようだが、それらは慎吾にとって唯一の趣味であり楽しみだった。
好きであることに変わりはないので、危険があると言われても、はいそうですか、と了承するのは難しい。
と、そこで一つの妙案を思いつく。
「なら、あんたが相手してくれないか? nonameとして」
「ええ、それなら大丈夫よ」
納得した慎吾は有紗と握手する。その手の感触は柔らかかった。
「先に一つだけ言っておくと、私とあなたは新人類の先駆者になるの。聖書におけるアダムとイブのように。これから少しずつ現れてくるであろう私達と同じ存在を導いていかなければならない。その為に能力を訓練で磨いていく必要があるわ」
「そいつは責任重大だ……」
慎吾は昨日までは考えていなかったような状況に暗澹たる気持ちになった。
けれど、有紗は花が咲いたような笑みを浮かべて言う。
「大丈夫、あなたは一人じゃないから。それじゃ、付いてきて。家まで送るわ」
その言葉と姿に慎吾は不安が和らぐのを感じ、有紗の背を追って一歩足を踏み出す。
建物から外に出ると、少し目が眩んだ。薄っすらとした赤い光がヴェールのように街並みを覆っている。
その雰囲気から察するに朝日のようだ。夜闇を切り裂いて辺りを照らし始めている。
慎吾は曙光に向けて軽く手を翳すと、掴み取るように握り締めた。
そうして歩き出す、新たな一日が広がる世界へと、ゆっくりと踏み締めるようにしながら。
黎明
Episode 3