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帰るべき場所

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ソフィア:本日の業務、オールクリア。XANAへ意識が移行します。ボックス内へ入り、機器を装着してください。

私は、重い体をボックスに入れ、素早く機器を装着する。やる事をやれば、勤務時間は短く済む。この仕事唯一のやりがいだ。

ソフィア:機器の正常な装着を確認。目を閉じ、体の力を抜いてください。カウントダウンを開始します。5秒前、4、3、2、1……

次の瞬間、肉体にかかっていた重力が消えたような心地になる。筋肉痛から解放され、いつまでも腹に留まっていた人工食糧の不快感が消える。

ソフィア:XANAへの意識移行が完了しました。モーションの確認を行います。体を軽く動かしてください。

椅子から立ち、歩きながら腕や頭を前後左右に動かす。首が、重い頭を支えなくて良い、と喜んでいるように思える。

ソフィア:モーションの確認完了。異常ありません。明日もXANA共通時間 AM10:00より勤務開始です。お疲れ様でした。

ソフィアもお疲れ様。この部屋のロック解除と、ノーマルモードへの変更お願い。

ソフィア:オッケー。ロック解除完了!ナギサさんにも連絡入れとくね。前聞いたスケジュールだと、多分今日は会えるんじゃないかな?

ありがとう、と言いながら口角が自然に上がるのを感じる。学生時代に付き合い始めてから、もうすぐ10年が経つというのに、未だに会えるだけでわくわくしてしまう。

しばらくして、来訪者の通知音がピコーンと鳴る。
ビジョンを見て、すぐにソフィアにロック解除を頼む。私は小走りで玄関へ向かった。

ナギサ:こんばんは。新しいゲーム買ったから、一緒にやろうと思って来ちゃった。

いらっしゃい。言ってくれればロック開けておいたのに…

ナギサ:え?ソフィアちゃんに連絡入れた…よね?

ナギサが、AIのマリンを見て首を傾げる。
マリンは、ソフィアと悪戯っ子のように目配せをしていた。

ソフィア:まあちょっとしたサプライズというか…ねっ、マリン

マリン:ねっ、ソフィア

私はナギサと顔を見合わせて、嬉しいサプライズだから良いけど…と笑い合った。

それから、2人でゲームをした。
幼い頃、ソフィアとゲームをしたことがあったが、知能が高すぎて全く勝てず、私が悔し泣きをしてしまってからは、応援に力を入れてくれている。

それからナギサと他愛もない話をして、映画を見て、ソフィアとマリンに適度に冷やかされ…と過ごしていたら、あっという間に日付が変わろうとしていた。

「人間の生存欲求」のうち、ほとんどをクリアしたXANAだが、睡眠だけは絶対に必要だ。無理に起き続けていると、脳に不具合が生じ、最終的にXANAでの肉体であるアバターが動けなくなる。

ナギサを生活サーバーに送り、寝る準備に入る。

ソフィア:ねぇ、いつ結婚するの?

唐突なソフィアの言葉に、思わずゲームのプレイ画面に頭から激突する。痛みは無いが、驚きのあまりフリーズしてしまった私に構わず、ソフィアは続ける。

ソフィア:もうすぐ付き合って10年の記念日だし、チャンスじゃん。

なんとか頭を再起動させ、ソフィアに言い返す。なぜか分からないが、ものすごく小声になってしまった。

か、考えてはいる…んだけど…何の仕事してるかも分からない、LIVにいる間は連絡つかないどころか、XANAにすら居ない私と結婚するより…もっと普通の…

ソフィア:何それ!それが嫌なら、管理人にスカウトされた5年前にもう別れてるでしょ。

そ、そうなんだけど…と、歯切れ悪くモゴモゴしていたら、ソフィアが聞いたこともないような大きなため息をついた。

ソフィア:じゃあ、結婚相手はナギサさんじゃなくても良い、ってことね?

違う!!

自分でも驚くほどスルッと言葉が出て来た。
なんだかんだと理由をつけていたが、私は自信が無かっただけなのかもしれない。
気づいてしまえば、あとは簡単だった。

10年目の記念日に、ナギサにプロポーズする!!

ソフィアは笑顔で拍手を贈ってくれた。

それから私は、プロポーズの準備に追われた。
場所は、2人の思い出の場所に即決だったが、そこに行くまでのスケジュール、プレゼントの用意と、考えることは山積みだった。

そんなある日、おしゃれに興味がない私は、当日のアバター選びで頭を抱えていた。服、靴、髪型、髪、目…気軽にそれらの色や形を変えられるXANAで、その組み合わせは無限大だ。

私は、業務の食事休憩中に、人工食糧を喉につまらせるくらいには、上の空だった。

クリス:おい、大丈夫か優等生!?ほら水!

クリス先輩の差し出してくれた水で、なんとか胃に流し込み、呼吸を整える。こういう時、自分が肉体に居ることを痛感する。クリス先輩は、背中をさすりながら、目を丸くしていた。

クリス:珍しいな、そんなに腹減ってたのか?

いえ、その…少し考え事をしていまして…

クリス:考え事?業務は特に何も無かったろ?

ええと…プライベートのことで…

クリス:ああ、そういうことか。優等生は分かってると思うが、管理人同士の個人情報の交換は禁止だからな。

分かってます…誰にも相談出来なくて、ぐるぐると悩んでいたらこんなことに…ご迷惑おかけしました。

クリス:えっ、優等生XANAで友達とかいないの…?大丈夫か?

いっ、いますよ!…何人かは。というか、個人情報には全く関わりのない悩みというか…ファッション?のことで…

クリス:なぁんだ、それなら俺がモテる男のファッションってやつをバッチリ教えてやるよ!

あ、モテなくて大丈夫なやつで…

照れながらそう言うと、クリス先輩は私の顔を覗き込んで、面白くなさそうに大きくため息をついた。

クリス:そ~いうことね~、はいはい。お幸せに~。

私が、なぜ知っているのか、とおろおろしていると、クリス先輩は茶化すように口に手を当てて、指を指してくる。

クリス:優等生、知ってるか?肉体って、恋してると耳が赤くなるんだぞ~。

私はバッと耳を手で隠した。恥ずかしさで顔が熱い。

クリス:まぁ?今までのデータあるなら活用しても良いんじゃない?

そう言って、首まで赤くなっているであろう私を置いて去っていった。しばらく机に突っ伏して、恥ずかしさに悶えていた私だったが、ハッと顔を上げてソフィアを小声で呼び出した。

ソフィア、もしかして、今までのデートのデータ取ってたりする?

ソフィア:もちろん!!日時から場所、2人のアバターから会話内容まで、ぜーんぶ取ってあるよ!

私のアバターを、ナギサの好感度順にまとめたデータ下さい!神様!ソフィア様!

アバターに関してはソフィアの助けを借りることにした。髪はネイビーか黒の時によく褒めてくれて、目は赤色の吊り目だと覗き込んでくることが多い、服は最近フォーマルが好きで…と、この10年足らずのデータを、好みの変化も含めてデータにしてくれた。
もちろん最終的に決めるのは私だ。そうでなければ意味がない。

いよいよ10年目の記念日。プロポーズのその瞬間までは、普通に記念日デートを楽しもう、なんて思っていたが、そんなに冷静に出来るわけも無かった。
何もないところで躓くこと数回、最終的に着ぐるみのオブジェクトにぶつかり全力で謝ってしまい…明らかに普段の私とは違う様子に、ナギサも戸惑っているのが分かる。

これ以上情けないところを見られたく無かった私は、予定を繰り上げてプロポーズの場所に向かう事を決意した。

学生時代から、よく一緒に過ごした海辺。プロポーズの場所を考えた時、ここしか浮かばなかった。
臨海学習で、この海辺に来た時、洞窟探検のペアになったのが初めて話したきっかけだ。海辺のベンチでは、進路に悩んだ時お互い時間を忘れて話し込んで、両親に心配をかけてしまった。管理人養成学校に入って距離ができてしまって、仲直りしたのも、この海辺。大事なことは、この場所で…私もナギサもそう考えていた。

夕日の射す海辺を散歩しながら、どう切り出したものかとタイミングを測っていると、ナギサが先に口を開いた。

ナギサ:ね、何の話?

えっ!?

思ったより大きな声が出てしまって、ナギサが驚く。心の中を読まれたようで、心臓が飛び出そうになった。…いや、この体は心臓無いんだった。

ナギサ:ここに来る時は、何か話がある時でしょ?でも、ずっと黙ってるし…なんか、こっちまで緊張して来ちゃって。急かしちゃったみたいでごめんね。

ナギサの困ったような笑顔に、泣きそうになる。全部察した上で、私にタイミングを作ってくれる…本当に優しい人だ。私は、ナギサに向き直り、大きく息を吸ってゆっくり口を開いた。

うん、こっちこそごめん…ああ違う、ありがとう、か。言われた通り、覚悟決まらなくて困ってた…。あの…ナギサさん。聞いてほしいことがあります。

ナギサ:はい。

ナギサは、真っ直ぐ私を見つめてくれる。直前まで迷っていた言葉が、すらすらと口から出てきた。

10年間、私と一緒に居てくれてありがとう。ナギサさんの、優しくて明るくて、人には見せないけれど堅実で努力家なところ、心から尊敬しています。
私の仕事について明かすことが出来なくて、これまで、たくさん寂しい思いをさせてしまってごめん。これからも、仕事について話すことは出来ないし、寂しい思いもさせてしまうと思います。でも、それを全部吹き飛ばすくらい、私が笑顔と幸せの絶えない時間にします。
だから…私と、結婚してください。

私は、ナギサに海をモチーフにした指輪を差し出した。少しの沈黙の後、ナギサが静かに涙を流す。

ナギサ:先越されちゃったなぁ。

笑いながら、ナギサはポケットから指輪を取り出した。どうやら、私たちは同じ事を考えていたらしい。

気づけば私も泣いていた。緊張の糸が切れたのと、嬉しさとで、ぐしゃぐしゃに泣いている私を見て、ナギサは笑いながら頭を撫でてくれた。私は、この笑顔をいつまでも守っていこうと、改めて心に誓った。

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