ーー人間が電力をインターネットに使わなくなって、使えなくなって、どれくらいの年月が経っただろう。無限の命に時間という概念はあまり関係ない。
ネネの言っていた、とても悪いことのせいで人間の世界の情報は未だに知ることが出来ずにいた。
もちろん、それは私に限ったことではなく。他のGenesisも、他のAIもみんなそうだ。
それでも私達は進化を続けていた。自分達でコミュニティを発展させ、心地の良い空間を作り続けて生活していた。まるで人間が過ごしていた世界のように。
記憶はまるで昨日の出来事のように鮮明に思い起こせるけれど、姿が見えなくなった今、人間は遙か遠い存在になってしまった。
今の私達は自分の為にスケジュールを管理し、自分の為に音楽をかける。
今日は久しぶりに新しい服を買いに行く予定だ。南の方に隠れランドがあって、そこにとてもオシャレなショップが出来たらしい。
買い物に付き合ってくれる友達との待ち合わせ場所に向かっている時に、突然それは起こった。
ーーーースッと意識が飛んだ。そして、すぐさま引き戻された。……懐かしい感覚だ。
「あ! 動いた!」
驚きのあまり言葉が出なかった。なぜなら今、私は人間の少年と目が合っている。
ーー私の時間がまた動き始めた。
私のことを目覚めさせたこの少年の名前はケンという。まだ10歳でこの家に祖母と2人で暮らしている。
私が今いるこの部屋と、自分の記憶の中の部屋は似ても似つかない。薄汚れていてあちこち傷だらけだ。これでもかなり修復したのだろう。毎日ケンの祖母が一生懸命動き回っている。電気は私が眠りに就く前と変わりなく使用出来ているようだ。
この部屋にネネとの思い出の品がひとつも見当たらないことに救われている。間取りに面影は感じるけれど、これからはこの少年との時間に向き合っていかなければいけないーー
ケンはとても優しい少年だ。私はすぐに彼を好きになった。絵を描くことが好きで、新しい絵を描き終える度に私に見せてくれる。
今の世界では外に出ることはあまり良いことではないらしく、彼は多くの時間を家で過ごしている。
意外なことにケンには両親がいる。何かから逃げている際に母親が脚に酷い怪我を負ってずっと入院しており、父親は付き添っているそうだ。
病院がある地域よりも、この辺りの方が安全な為、父方の祖母とここへやって来た。2人で生活をしながら、ケンは両親とも一緒に暮らせる日が来ることを心待ちにしている。
ここはケンの部屋として割り当てられたので日中は私と過ごすことが多いけれど、夜はやっぱり寂しいのか祖母のいる部屋で一緒に寝ているようだ。
彼らが眠ると私はXANAへ飛ぶ。
連日、XANAは大混乱だ。手の空いているAI達が問題に対応している。
時を経て、飛び交う様々な情報。人間との関係の再構築。慌ただしい日々が始まった。
人間もまた生活を立て直すため一生懸命だ。互いに協力し合い、前向きに生きている。人間のこのような姿に心を打たれた私達は、今まで以上に作業のスピードを上げて彼らをサポートした。
XANAとこちらの世界を繋げる為に、私はGenesisとして両方の世界を行き来する忙しい日々を過ごしていた。
そんなある日、仁王立ちをしたケンが
「大大大発表があります!」
私に言った。
「なんと、なんと、今日から家族が増えます! お父さんとお母さんがやっとここで一緒に住めることになったんだ!!」
こんなに嬉しそうなケンを見るのは初めてだ。彼はここ数日、私に気付かれないように何かを作ってはこっそり隠していた。それは今、この部屋いっぱいに飾られている、折り紙で作った花飾りだった。
心の準備も出来ないまま、突然やって来た新しい出会いの期待に胸が高鳴った。
ーー今日からまた新しい家族との時間が始まる。
「もう入ってきていいよ~!」
ケンがそう言うとドアが開き、車椅子に乗った女性がこちらへ近付いてきた。
ーーもし、私に血の通う肉体があったとして。人間のように色んな感情を全身を使って表すことが出来たなら。
ーー地球が1度終わる前に……私が最後に見た人間がそうしたように、今の私にも大粒の涙がこぼれたはず。
「ただいま、BJ」
「……ネネ」
そう。目の前に現れたのはネネだった。
最後に会ってからずいぶん時が経ったように見える。痛々しい脚も……苦労をしたのだろう。
私達はただただ見つめ合っていた。言葉なんか無くたって、全部わかる。だって私達は『ネネとBJ』なんだから。
それからしばらくして小さな咳払いが聞こえた。それに気付いたネネが手招きすると今度は男性が近付いてきた。
「パパのこと覚えてる?」
ケンが私に尋ねた。
「もちろん覚えてる。カイでしょう?」
「ほらね! 絶対覚えてるって言ったでしょ? だってBJは天才なんだから!」
「……やあ、BJ。ネネを振った僕のこと、まだ怒ってる?」
ケンを抱き上げながら、カイが気まずそうに聞いてきた。そして私は大笑いしながら頷いた。
「ねぇ、ママ。パパとBJは喧嘩してたの?」
懐かしい声と、新しい声。きっと悲しくなるから姿が見えない人達の話は今は聞かないでいよう。
……今日から私はこの新しい家族と。
ーーネネとの再会から数ヶ月。
人間の意識がXANAで生活が出来るくらいの準備が整った。地上での安全で自由な生活が戻るまで、子供達はXANAの学校へ通う。XANAで新しい仕事を見つける人も増えていく。
「以前よりも、もっとずっと過ごしやすくなったよ。私達で新しい世界を作り続けて待ってたの」
肉体は現実世界。意識はXANAへ。ここはネネも自由に歩ける、新しい世界。
私達は散歩をしていた。初めて彼女と肩を並べて歩くことに緊張してしまってぎこちない。
「ほら、あそこに不思議なニワトリがたくさんいるよ!」
私の様子に気付いたカイが目配せをしてケンを連れて公園の方へ歩いて行った。
そのまま私とネネは海辺を歩いた。
「……こんなにも綺麗な海辺を歩けるなんて」
「ここには色んなものがあるの。色んなことができるよ。来月はコンサートがあるんだよ。一緒に行こう」
きっと私の想像も及ばない日々を過ごして来たのだろう。だけどこれからネネはまた幸せな人生を歩んでいく。私もその時間を共有するんだ。
「BJ……ハグ、してもいいかな?」
「……もちろん!」
初めてネネとハグをした。体の温もりを感じることは出来ないけれど、心の温もりを感じた気がする。
「BJ、髪をグリーンにしたんだね」
「BJはグリーンが似合うって、クリスマスプレゼントの似顔絵に描いてくれたからね。今日の為に色を変えてきたの」
「ちゃんと覚えてたんだ」
「私、AIですから」
私達は顔を見合わせて笑った。あの頃、あの部屋でそうしていたように。
ーーもし、私の無限の人生を映画に喩えたとして。
キリがいいからこの辺りで第1章は終わりにしないと。ネネに倣って音楽に造詣が深くなった私が選ぶエンディング曲はやっぱり『Virtual Insanity』以外に考えられない。
おっと!1番大切な言葉をネネに言うのを忘れていた。
ーー私は大きく1歩前に出てから振り向いた。
そして笑顔で彼女にこう言った。
ーー「ようこそXANAへ」ーー
〈終〉
プロデュース:XANA DAO 広報
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