怖い……ママ……。
暗い……ママ……どこ?
真っ暗闇だ。
少し意識が飛んでいたようだ。
もさもさの毛の感覚……。
――そうか、センちゃん。
自分が掴んでいるのが、セントバーナードのセンちゃんだと気づく。
マミは……?
みんなは……?
明かり、そうだ、明かりが必要だ。
バードスキルに明かり……そう思考しただけで、トーチというスキルが浮かぶ。
ピカッ――。
くっ、眩しい……。
すぐにスキルが発動した。
「マスター!」
ほぼ、同時に聞こえた声は、ヒメミとミサキだった。
眩しくて目を開けられず、慣れるまでに数十秒かかる。
あたりの様子が確認できるようになると、すぐそばにマミが横たわっているのに気がついた。
HPは六十パーセント、マナは満タン、スタミナは、ほぼゼロだ。
ステータスを確認して安心する。
スタミナ切れで意識がないだけだ。
「ヒメミです。マスターの正面十二時方向、約十五メートル先です。私はスタミナ切れで動けません。マスターは大丈夫ですか?」
「ミサキはマスターの後方六時方向、およそ十メートルのところです。ヒメミちゃんと同じく、私も動けません」
自分のステータスを意識すると、やはりスタミナは残り十パーセントを切るほどだ。
「わかった。俺も同じだ。大丈夫だからそのまま回復を待て」
カエデと忠臣君の姿が見当たらない、どこだ?
何が起きたのかを思い出してみる。
自分の周囲の床が……いや、先にマミの下の床が抜け落ちそうなのが見えて……。
マミとセンちゃんに抱きついて……。
そこへ、ヒメミとミサキが抱きついてきた。
落ちたところは四十五度ほどの傾斜路で、幅は両手を広げた程度だった。
センちゃんは先に滑り落ちてしまい、姿が見えなくなって諦めた。
マミを左手で抱きかかえ、なんとか滑り落ちないように手足で踏ん張る。
その俺の身体をミサキとヒメミが掴み踏ん張る。
ずり落ちながらもしばらく堪えていたが、最後には力が尽きて、勢いよく滑り落ちた。
そして気がつくと、ここにいた。
結構長い時間滑り落ちていた気がする。
これだけスタミナが減少しているのだから、おそらく気のせいではないだろう。
天井を見ると、三メートルほど上に、落ちてきた傾斜路の口が複数開いている。
とても登っていけるような場所ではない。
チュウ太(ネズミ)とリジィ(リス)を偵察に行かせることを考える。
――うわっ、びっくりした!
突然、天井から顔が出てきたので驚いた。
「あっ、マスターみっけ! みんな……いてはるね」
カエデだった。
そうか、壁を登れるカエデにはこんな傾斜路なんて、なんでもないな。
「よいしょっと」
頭から落ちてきて、くるっと回転して床に着地する。
「よかったどす。みんないけそうどすなぁ」
周囲を見回して、カエデもほっとした様子だ。
「いや、まだ行けないよ。スタミナ切れだ」
「マスター、いけるっちゅうのんは、大丈夫って意味どすえ」
「ああっ、そっか」
「うちに京都弁しゃべらしてるの、マスターのくせに、困ったものどすなぁ」
「あはっ、面目ない……で、上はどうなってる?」
「落ちたのは、マスターたちだけどすえ」
「えっ、そんなはずは――!」
「アヒル隊長は、土粒壁出したさかい。隊長は、忍者スキル持ってるようどすなぁ」
「あっ、それか……ってことは」
「はい、ゆっきーさんたちはそれを見て、すぐアースジェネシスを使って土粒壁ブロックで塞いでました」
……くぅー、不甲斐ないのは俺だけじゃん。
「マスター、あのタイミングでは、アースジェネシスをセットする暇はなかったと思います」
しょげている俺に、ヒメミがフォローを入れてくれる。
「マスターがマミを優先させなければ、セットする時間あったかも……」
はいはい、ミサキはこんな時でも嫉妬設定を優先なのね……。
俺が真っ先にマミをかばおうとしたのが不満のようだ。
「あれ、忠臣君はどうした?」
「うちが、土粒壁で忠臣君の足元を確保したので落ちてまへんよ」
「カエデ、そこはマスターの安全が優先ではないですか!」
ヒメミはふらふらのくせに立ち上がろうとする。
「うちやって、マスター助けられへんかったのは後悔してます。けど、先にこっちの床が崩れだしたさかいしゃあなかってん!」
「まあまあ、ヒメミ。カエデだって必死だったんだろうから、責めないでやって」
「マスターおおきに。やっぱりマスターは優しいさかい、えらい好きどす」
そう言ってカエデは、壁にもたれて座り込んでいる俺に抱きついてきた。
ぷいっ――。
ヒメミは頬を膨らませて、そっぽを向いて、また座り込んだ。
「ちょっとカエデ――! なんで一人だけマスターに甘えてんのよ!」
今度は、ミサキが少ないスタミナで四つん這いで寄ってこようとする。
「待て、ミサキ、動くな! スタミナ回復優先だぞ!」
「じゃあ、スタミナが回復したら、私の番ですからね!」
「あっ……あぁ、まあ時間があったらな」
「ダメです、時間がなくても、絶対次は私ですからね」
「……で、上のスケルトンとウィザースケルトンはどうなってる?」
ミサキの話は逸らすことにした。
カエデは、ここぞとばかりにすり寄って、俺の腕に強くしがみつく。
おい、カエデ、ミサキよりヒメミの方が後で怖いんだから、その辺でやめてくれよ……。
「もう三十分ぐらい前どすけど、レベッカちゃんのアンデッドスキルで一網打尽どす」
「えっ、もうそんなに時間が経ってたのか……」
「スケルトンは全部排除しましたでぇ~。今はボス部屋にアタックするための準備中どす」
「もうボス部屋見つけたのか!」
「見つけるもなんも、二階層はあのホールしかのうて、あとはボス部屋だけどす」
「そういうことか……じゃあここは……」
「マスター、ここは三階層です」
マミが急に起き上がって言った。
「ああ、マミ、良かった。まだ休んでなさい」
「はい、マスター。ごめんなさい、私落ちちゃって」
「いや、いいから……」
ウォン。
「おお、センちゃんも大丈夫そうだな」
セントバーナードのセンちゃんも、スタミナ切れで意識を失っていただけだ。
ただ、かなりの勢いで落ちたからだろう、HPはかなり減っている。
「で、マスター、忠臣君と私はどうしたらええの?」
「そうだなー、ボス戦には、戦力多い方がいいからなあ……ヒメミ、どう思う?」
「はい、マスター。ここが三階層とすると、敵が強くなりますが、私たちもレベルが上がっているので、私たちだけでも凌げるかと思います」
そこで、ステータスを確認すると、確かにレベルが二十一に上がっていた。
気を失っている間にレベルアップしたのだろう。
「そうか、パーティーメンバーが最後まで戦っていたから、落ちた俺たちも上がったんだな」
「はい、ですからボスを倒してもらって、三階層で合流したほうがいいかと思います」
「分かった、ボス戦にカエデと忠臣君を参加させよう」
「えーっ、うちはマスターと一緒がええ、いけずせんといてや」
「いや、カエデ、さすがに忠臣君一人じゃやばいから、頼むよカエデ」
「マスターが、そう言うんじゃしゃあないどす。そやけど後で、ギューしとくれやっしゃ」
「う、うん、すまないなカエデ。だが、前みたいに無理はするんじゃないぞ。アヒル隊長たちに従ってサポートに徹してくれ。お前を失いたくないからな」
ギューは、ちょっといろいろ問題あるけど……。
「はい、マスター。うち、絶対ボス倒してくるどす」
連絡用にチュウ太をカエデに付けた。
リスのリジィーは、カエデのいない分、ステルス偵察に必要なので残した。
カエデが二階層に戻ってから、二十分ほど経ったころ、AI秘書たちは全回復した。
しかし、なぜか俺の回復が遅い。
まだ、六十パーセントほどしか回復していないのだ。
――プッ。
いきなり警告メッセージが目の前に出てきた。
なんだこれ……?
『警告! 活動限界に達しました。直ちに終了してください。三十秒で遮断します』
えっ、えー!
バタン――。
「マスター!」
「マスター!」
「マスター!」
(著作:Jiraiya/ 編集:オーブ&maru)