――コンコン。
「マスター、入室許可をお願いします」
俺は違和感を感じた。
ドアの向こうにいるのは、声と堅い口調から、すぐ第一AI秘書のヒメミだと分かる。
俺の一番のお気に入りで、最初に育成した、ツンデレ要素のツンしかないAI彼女だ。
いや、その声に違和感を感じたわけではない。
ヒメミが、俺の部屋まで歩いて来たことへの違和感だ。
普通なら音声通話でまず報告してくるはずだ。
そこで、自分の視界にコントロールパネルもメニューもないことに改めて気づく。
リアルに感じるのはそのせいでもある。
メタバース内であれば、視界の端にメニューがあるはずなのだ。
「入れ」
俺が返すと、ヒメミが入って来た。
「定期報告に参りましたマスター」
「うん」
「お疲れ様、ヒメちゃん」
ミサキも笑顔を向けるが、ヒメミはチラッと眼でミサキに合図しただけで、表情は崩さなかった。
聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず彼女にしゃべらせてみることにした。
「マスター、本日の収益の報告に参りました」
「ああ、うん、詳細はいいから、必要なことだけにしてくれないか」
「承知しました。本日のデュエル報酬、ランドとNFTのレンタルおよび、NFTの売買ですが、総売上が五万ジュエルでした。総経費は二万二千ジュエルですので、収益はおよそ二万八千ジュエルになります。円換算で三万円ほどでございます。今月の収益予測値がアップしておりますので、申し上げてもよろしいでしょうか?」
デュエルというのは、秘書達にオートプレイをさせているカードゲームのことだ。
対戦で勝つことで報酬がもらえる、いわゆるプレイトゥーアーンというやつだ。
知らないやつはググってくれ。
おっと、俺は、誰にしゃべってるんだ?まあいいか……。
デュエルは自分でゲームしても勝てないから、AI秘書達に任せきりだ。
俺の秘書達は、凄く賢くて、いつもリーグ上位を維持してくれている。
さらに、俺の持っているランド、つまりメタバース(仮想空間)内の土地を管理し、賃料なども稼いでくれている。
だから俺が、リアルで会社に行っている間も、寝ている間も、彼女達が稼いでいてくれるという状態にある。
「分かった、頼む」
「ありがとうございます。おおよその利益が十パーセントアップとなりますので、円換算で月収百万円は超える見込みとなっております」
「おお――!ついに七桁突破か」
「やりましたねー、マスター、ミサキも嬉しいです!今度、アクセサリー買ってくださいね、欲しいのあるんです」
そこでミサキが嬉しそうな声を上げた。
「ああ、そうだね、みんなにね」
ヒメミは無表情のままだったが、軽く頭をさげて謝意を示す。
……そうか、それならもう会社辞めてもいいよな、どうせ今日は出社は出来なさそうだし……。
しかし、わざわざ行って辞表出すのもめんどいなあ……。
そうだ、退職代行に頼む手があったんだよな。
この日のために見繕った業者はスマホに…というところで気づいた。
スマホどころじゃなかった。
まずは、今の状況の確認だったんだ。
これはメタバースなのか、それともリアルなのか……俺にとって重要なのはそっちじゃないか。
「なあ、お前達、これはリアルなのか?」
二人が不思議そうな顔でお互いを見つめた。
「えっと、マスター、リアルというのはどういう意味ですか?」
ミサキの問いで、自分が馬鹿な質問をしてしまったことに気づく。
この世界しか知らない彼女達に、リアルとリアルでないものの違いはないはずだ。
「マスター、それは私達のいない、マスターだけのいる世界なのか?という意味でしょうか?」
やはりヒメミは凄い――。
今の俺の質問だけで、俺の聞こうとしている意味を推測している。
しかも、自分達のいる世界とは別に、俺のいる現実世界の存在を認識しているようだ。
今まで色々なことをAI秘書に教えてきたが、ここまで認識しているAI秘書はヒメミだけだ。
さすが俺の娘――ん?娘か……?
「そうだ…いや、馬鹿な質問をした。お前達がいるってことは、俺は今、XANAメタバースの中にいるってことで間違いないよな……。だた、いつもと違うんだ……なんというか、説明するのが難しいんだが……」
「マスター、もしかして体調が悪いのですかね?」
ミサキは心配そうに俺の顔をうかがう。
ヒメミは何やら考えていたようで、少し間を置いた。
(著作:JIRAIYA / 編集:オーブ)