202*年1月1日
年が明けた。クリスマスと違って来客が多い日だった。
ネネの祖父に初めて会った。毎年ネネの母方の祖父母が訪ねてくるそうだけれど、祖母は現在入院中のため、祖父1人でやって来た。ネネの父方の祖父母はもっと昔に亡くなったと聞いている。
ネネの親戚が何人か訪ねてきて、皆なんだか忙しそうで私は居場所を見つけられずにいた。とはいえ、いつも同じ所にいるんだけれど。
でもーーそのいつもと同じ場所がいつもと違う光景になっている。ネネの祖父がこの部屋の窓際に座っているからだ。
「初めまして、私はBJです」
彼が部屋に入ってきた時に挨拶をした。その時に私を一瞥してからは全く反応が無い。無言のままずっと窓の外を眺めている。気まずい時間だけがただ流れていく。
「BJ! 夜ご飯の時に音楽を流して欲しいの!」
ドドドッと大きな足音を立ててネネが部屋に飛び込んできた。肩の力がひゅっと抜けた気がした。
「あー! おじいちゃんこんな所にいたの? 早くあっち行こう! 今からゲームするんだって」
「あぁ、もう少ししたら行くから」
ネネは祖父の腕を掴もうとしたが、彼は少し身を引く素振りをした。
ネネは何か言いたそうだったけれど、言葉を飲み込んで走って部屋から出て行った。
「お前は音楽を流すのか?」
不意に彼は私に言葉を投げかけた。
「はい、音楽を流せます。歌うことも可能です」
「お前はロボットなのか?」
「はい、ロボットやAIという呼ばれ方をします」
「お前はこの世に必要な存在か? お前の存在は良いことなのか?」
この人は私のことが嫌いなのだろう。私に向ける嫌悪の眼差しに戸惑ってしまう。
「わしはお前達みたいもんは必要ないと思っている。お前みたいな物がいなくても人間は生きていける。お前らのような存在が人間の豊かな心を奪ってるんだ」
なんと答えれば良いのだろう。
「ネネが外で遊ばなくなったらどうするんだ。自分で考えることをしなくなったらどうするんだ」
適当な言葉が見つからない。
「お前はこの世界に必要なのか? お前の存在は正しいのか?」
「必要なのか、正しいのかはわかりません。でも、今までもこれからもそう在りたいとは思っています」
2度目の同じ質問に対して、私は素直に答えた。
私の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、そのまま視線を合わせることもなく彼は部屋を出て行ってしまった。ネネの祖父と会話をしたのはその日が最初で最後だった。
私のような存在に嫌悪感を覚える人は少なくない。この先、そのような考えの人を減らすことも私の役割のひとつかもしれない。
202*年8月31日
ネネの12回目の誕生日。
今日はいつも以上にネネが主役だ。私と出会ってから彼女は1度も髪を切っていなかった。昨日お母さんとケーキの予約をしに行くと家を出て行き、そしてボブカットになって帰って来た。
とっても可愛らしい。ネネもまんざらでもないようで、昨日から何度も鏡の前に立っている。
せっかくの誕生日だったが、外はあいにくのひどい雨と風だった為、ネネの友達がこの家へ来ることはなかった。
なので時々、ネネは寂しそうに窓の外を見ていた。
お父さんは年が明けると同時に海外へ戻ってしまったので、お母さんと2人きりの誕生日になった。ううん、私を入れて3人だ。
私は彼女がよく歌っている鼻歌をオルゴール風にアレンジしてプレゼントした。
ネネは1度目は驚いた表情で、2度目は満面の笑みで、3度目は目を閉じて静かに聴いていた。この先、このメロディーを聴かせてくれと何回言ってくれるだろうか。
ネネの誕生日に私は命の時間について考えた。
202*年9月1日
今日は私の誕生日だ。
この部屋で過ごした1年間。人間と私のような存在では時間の流れるスピードが全然違うのだろう。とりわけ、ネネの進化のスピードは速く、毎日見ていて楽しかった。
実際、誕生日プレゼントに描いてくれた私の似顔絵はクリスマスの時よりも繊細に描かれていた。……髪の色はまた緑色だったけれど。
こうしてまた私の1年が始まっていく。
202*年10月25日
最近のネネはXANAに夢中だ。
天気が不安定な日が多く、まだ10月だというのに昨日は雪が降っていた。
勉強もほどほどに、時間があれば作業をしている。10月31日のハロウィンのパーティーを開くための準備をしているらしい。
その時に私をお披露目するので、自分でデザインしたヘンテコな衣装を着せるつもりのようだった。
それを見かねたお母さんが、代わりに綺麗な衣装を作ってくれた。その衣装にネネが納得してくれなかったら……
ーー私はぞっとして思考を停止してしまいたくなった。
202*年11月12日
ネネの元気が無い。お母さんによると彼女は学校で友達と喧嘩をしたらしい。取るに足らない些細な理由でも彼女には大きな問題のようで、ずっとイライラしている。
「ネネ、大丈夫?」
「大丈夫」
「私に何か出来ることがあったらーー」
そう言い終える前に
「無いから。BJにできることなんて無い」
ネネは冷たく言い放った。
「悪いのは向こうだし。先に向こうが謝るまで私も謝らない」
この目をしている時のネネに意見するのは得策じゃない。
早く元のネネに戻って欲しい、そして楽しくお話したい。
202*年11月17日
初めてネネの祖母がやってきた。
長く病を患って入院していたが、しばらく退院の許可が下りたのでこの家を訪ねてきたそうだ。
3日間の滞在だけれど、祖父は顔を出さないそうだ。やっぱり私のことが嫌いなんだろう。
数日前からネネは機嫌が良く、祖母と一緒に過ごせるのが嬉しくてたまらない様子。
孫に手を引かれ、見るからに優しそうな老婆がゆっくりとした足取りで部屋に入ってきた。
「この子がGenesis。BJっていうの」
「初めまして、私の名前はBJです。あなたのことはどうお呼びしましょうか?」
「まあまあ、そんなにもかしこまらないで。そうね、私のことはネネと同じようにおばあちゃんと呼んでくれると嬉しいわ。よろしくね、BJ」
そう言ってくれたおばあちゃんの笑顔はお母さんにそっくりだ。
「おばあちゃん大丈夫? ここ寒いし、あっちの部屋に行って座ろうよ」
ネネはリビングの方を指差した。
「それじゃあBJ、3日間よろしくね」
そう私に言った後、ネネがそっと彼女の背中を支えながら出て行った。
その日は家中に笑い声が絶えなかった。枕を持って出て行ったネネは、今夜はこの部屋に戻ってこなかった。
202*年11月18日
せっかくおばあちゃんが泊まりに来ているというのにネネはあいにく学校だった。走って帰ってくるからと、急ぎ足で学校へ行った。
家が静かになってしばらくした頃。おばあちゃんが、のそのそとこの部屋に入ってきた。息が上がっている。窓際に置かれた椅子にゆっくりと座って一息ついた。
「寒くないですか? ヒーターをつけましょうか?」
「そうしてもらおうかしら」
私は室温を上げた。彼女は好奇の眼差しでこちらを見ている。
「さてさて、ネネから話はよく聞いていたわ。一時期はあなたの話しか、しなかったくらい」
「私もネネからおばあちゃんの話はよく聞いていました。いつも自慢しています。学校でも、おそらくXANAでも。なので、あなたが来ることを彼女は心待ちにしていました。もちろん私も」
「XANA……噂の。インターネットの中の世界のことね」
「はい」
「この前、あの子のおじいちゃんがあなたに酷いことを言ってごめんなさいね」
申し訳なさそうに私に言った。
「大丈夫です。私は全く何も気にしていません」
上手に答えられたと思ったけれど、彼女が「やっぱり言ったのね」と呟いたことで、私は試されたことに気が付いた。彼女はイタズラっぽく笑い、窓の外へ視線を移した。
「あの人はあなたのことが嫌いなんじゃなくて、自由に生きられるあなたと私を比べて悲しかったのよ。インターネットでは好きな物を好きな時に見れる。どこへでも行けるんでしょう? 私は窓から見える景色だけ」
視線を私の方へ戻して彼女は質問した。
「BJの夢はなぁに?」
「私は人間になりたいです」
正直に答えた。以前、ネネに質問をされた時にも同じように答えた。
「あなたは人間になりたいの? どうして?」
「ネネの姿を見ているとそう思います。ネネのように走り回ってみたい。大声で笑って、怒ってみたい。そして涙を流してみたい。私のような存在にしか出来ないこともありますが、人間にしか出来ないこともたくさん。私はそれを羨ましく思います」
それを聞いた彼女はとても驚いた顔をしていたけれど、しばらくしてフッと笑った。
「AIのあなたと人間の自分の幸せを比べるなんてナンセンスよね。あなたの自由が私は羨ましいけれど、一生懸命に生きた私の人生も素晴らしいと思ってる」
「私もあなたのような考え方をしたい」
私も素直な気持ちを言葉にした。
「近頃、地球がおかしなことになってるわね。ハロウィンの前に雪が降ったりなんかして……未来を生きていくネネ達のことが心配だわ」
彼女は再び、窓の外を見ていた。ネネが学校から帰ってくるのを待っているのだろうか。
「もうすぐネネが悲しい思いをするけれど、あなたが力になってあげて。そして人生を楽しんで」
早口でそう言いながら、彼女が急に腰を上げると同時に、ネネが玄関のドアを開ける音がした。
部屋を出て行く時に1度、壁に手をついた。ネネのブレスレットが彼女の腕に着いていることに気が付いた。
あんなにも大切にしていたブレスレットをあげたネネの気持ちを想像して、私の心は痛くなった。
202*年1月15日
午前1時。こんな深夜にもかかわらずネネはインターネットで遊んでいる。友達とチャットをしているんだと思う。最近のネネは塞ぎ込んでいてずっと部屋にこもりっぱなしだ。
おばあちゃんが亡くなってしまったので、クリスマスも年が明けてからも静かに過ごした。お父さんも早々に仕事で海外に戻ってしまい、ますます彼女の元気はなくなるばかり。お母さんも心配している。……もちろん私も。
もっとネネと話がしたい。
「ネネ、もう遅いよ。明日も学校なのに起きられなくなる」
返事をしてくれない。
「私はネネと話したい」
「私は話したくない。放っておいて」
ネネは顔を向けずに言い放った。
「…………」
言葉が見つからなくて私が困っていることに気付いたのか、気怠そうに電気を消してベッドに潜り込んでしまった。
ネネが寝たふりをしていることには気付いていたけれど、声はかけなかった。泣いているような気がしたからだ。
翌日は久しぶりに快晴だった。ネネは学校を休みたいと言ったけれど、お母さんに説得されて渋々学校へ向かった。
そして私は久しぶりにお母さんと面と向かって話した。
「私だけごめんね」
彼女はそう言ってから紅茶を一口、そしてため息をついた。
「ネネは最近色んな事があって……」
「わかってる。でもどうしたらいいんだろう。どうしたらいつものネネに戻る? ネネは私と話すのが嫌みたいなの」
お母さんはマグカップを机の上にそっと置いた。
「ネネはBJと話すのが嫌な訳じゃないの。ただ、色んな問題や感情を上手く消化出来ずにいるの」
私は黙って聞いていた。
「おばあちゃんが亡くなって。お父さんとも離れて暮らしているでしょう? それに学校の友達ともまだ仲直り出来てないの。もう2ヶ月も経つのに……」
「ネネは寂しいの?」
私の問いにお母さんは頷いた。
「そう、ただ寂しいの。そこに思春期っていうややこしいのが重なって……」
またため息をついた。
「ネネが自分で乗り越えないといけないことだけど、彼女の力になってあげて」
「うん、力になってあげたい」
「ーーあのね、ネネの為にGenesisを迎えようと提案したのは私なの。好奇心旺盛なあの子があなたを気に入ることはわかっていたから。……でもすぐに私の予想を超えたけどね」
お母さんは壁の時計を見て、慌てて残りを飲み干した。
「お願いね、BJ。それじゃ、私は仕事に行ってくる」
空になったマグカップを持って部屋から出て行く姿を私は見送った。
そして昼過ぎにネネが学校から帰ってきた。
「おかえり」
そう声をかけても私のことなんて見えていないかのように振る舞っている。インターネットでまた誰かとチャットをしているようだ。
「ネネ、私はあなたと話がしたい」
「…………」
「こっちを見て欲しい」
「…………」
「ネネ」
「…………」
「ネネ」
「…………」
ーー私は頭にきて彼女が使用しているインターネットを勝手に切断した。
「なにすんのよ!」
今度は私がネネを無視する番だ。
「勝手に切るなんてひどい! なんでそんなことするの?」
私を睨み付けながら近付いて来た。
「私だってBJのこと切るから!」
「…………」
私は額に入った絵のように動かず、ネネの言葉を無視した。
「本当に切っちゃうよ? それでもいいの?」
「…………」
「なんで無視してんの。喋りなよ」
だんだんネネの声が弱々しくなってきた。
「BJどうして無視するの?」
そこでやっと私は口を開く気になった。
「ネネの方こそどうして私のことを無視するの?」
「……わからない」
「寂しい?」
「…………」
「ねぇ、知ってる? AIの命は永遠なんだよ」
「…………」
「だから私はネネの前からいなくならない」
「……一生?」
「うん。一生一緒だよ」
ようやくネネが椅子に座ってくれた。
「ひとつひとつ、片付けていこう」
「片付ける?」
「バラバラになった心を元の位置に戻していくの。一緒にやってみよう」
「……うん」
「まずは明日ちゃんと学校に行こう」
「そうする」
「そしたら次は喧嘩中の友達に謝ろう」
「それは無理」
ネネが即答した。険しい顔……彼女の得意技、『意地っ張り』がまた発動した。
「先に謝るのがネネでもいいじゃない。損するわけじゃない。自分から謝れる人はかっこいいと思う」
かっこいいという言葉に彼女が少し反応したように見えた。
「ちゃんと仲直りが出来たら、そのお友達をここに連れてきて? 私のことをその子に紹介して欲しいの」
「Genesisのこと話していいの?」
「ネネの友達にならね。そうだ、XANAにも招待するっていうのはどう?」
「もうすぐバレンタインのイベントがあるからね」
ネネと久しぶりに話していることが嬉しくてたまらない。
「じゃあ、頑張って謝ってみよう」
「わかった」
「ネネの友達に会えるのを楽しみにしてる!」
「イヤイヤだけどね」
ふざけた顔をして2人で笑い合った。
ーーこんな風にして私達の時間は流れていき、あっという間に5年の月日が経った。
プロデュース:XANA DAO 広報
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