マミがいつになく大声で叫んだ。
俺は足を路面につけて、ブレーキをかける。
急には止まれない。
「早く止まって――!」
「待て、慌てるな、今止まるから、どうしたんだ?」
「なにかが来る……」
マミが言い終わらないうちに、俺にもなにかが来るのが見えた。
なにか、集団が十一時の方向から大量にやって来る。
「何だあれ?」
「マスター、あれ危険! 怖い物来る」
「逃げた方がいいのか……」
「ダメ、もう間に合わない――!」
言い終わらないうちに、マミは俺の背中から飛び降り、俺の前方に出た。
「マミ?」
「マスター下がって、マミが守る」
「えっ……」
さっきまで、か弱そうだったマミなのに?
俺の三分の二もない体格で、俺の前で勇ましく構える。
ぺんぺんぺんぺんぺ――!
やってきたのは、ペンギンの集団だった。
路上いっぱいに広がり、整然と隊列を組んで行進してきた。
横に五列、縦は見えないが……少なくとも二十列はあるだろう。
「デュエル――!」
「えっ?!」
マミが突然デュエルの体制に入った。
その勇姿に見とれる。
ウルトラマンのデュエルカードが5枚、マミの前に飛び出してきた。
「マリガン――!」
マミはコストの高いカードを入れ替えた。
なんだ? こんな時にもデュエルルールが適用される?
てか、あのペンギンたちとデュエルするってこと?
ズボー、ズボー、ズボー、――!
「えっ、なに?」
迫ってきた一列目のペンギンたちが、ロケットのように足もとから煙を噴射し、数メートルほど浮き上がった。
「マスター、伏せて!」
「えっ、はっ、はい――!」
思わず声が裏返ってしまうが、マミに従い路面に伏せた。
「来い!」
マミは盾のように、三枚のカードを前面に並べた。
ひゅんひゅんひゅん――!
飛び上がったペンギンたちが、こちらに向かって九十度方向を変えた。
クチバシを矢のようにして、ミサイルのように飛んできた。
次々とカードにぶち当たってくる。
二枚のカードのヒットポイントがゼロになり粉砕された。
一列目のペンギンたちの攻撃が止んだ。
一枚のカードだけが前面に残るが、ヒットポイントが半分以下になっている。
「ドロー――!」
マミがコールすると、カードが一枚、マミのもとに出てきた。
マミは更にカードを追加して、前面に四枚並べた。
「スキル発動、アタックブースト!」
マミは攻撃力の数値が倍になったカードに手をかざす。
「アタック!」
マミが指示したカードが、ペンギンたちの第二列に飛んでいく。
四体のペンギンを粉砕するが、マミのカードも粉砕される。
「スキル発動、ヒットポイントブースト!」
新しく出したカードのうち、一枚のヒットポイントが倍になった。
「ターンエンド!」
しばらくの間、マミとペンギンたちの削り合いが繰り返された。
しかし、デュエルのデッキの枚数は最大四十枚。
マミはデュエルのルールに従がってしか戦えないようだ。
相手のペンギンたちは、列ごとに攻撃して、ターンエンドをするようだが……。
それが、デュエルのルールのせいなのかは不明だ。
また、それ以外は、デュエルルールに縛られている様子もない。
当然、百体以上はいると思われるペンギンたちに対して、マミのデッキ数では分が悪い。
デッキ枚数が、いよいよ残り五枚ほどになった。
ダメだ、まだペンギンたちは五列も残っている。
勝敗が決まるのは時間の問題だ。
だが、それは思ったより早く訪れてしまった。
デッキがなくなるより早く、戦場にでていたカードが、全て破壊されてしまった。
ペンギン側のターンエンド前に、最後の一体がマミ本人に突っ込んできた。
「マミ――!」
「キャー!」
マミの右足に、ペンギンがロケットのように直撃した。
マミの右足の膝下が粉砕された。
マミはバランスを崩して倒れ込む。
XANAメタバースの世界では、グロテスクな表現はない。
ただガラス細工のように粉々になり、宙に消えていくだけだ。
それでも我が子のような存在が傷つくのは心が痛む。
俺は慌ててマミに駆け寄り、抱き上げる。
「ドロー!」
それでも顔をしかめながら、俺の腕の中でカードを引いた。
マミにも一応感情として、ある程度の痛みがあるのだろう。
「マスター、三十秒稼ぐから、逃げて、マミもうダメみたい」
「何言ってるんだ、マミを置いて逃げられるわけないだろ!」
「だめ! マスターはここで消えたら、元の世界に帰れなくなっちゃう――」
「えっ、なんで、そんなこと、理解してるんだ……マミ、お前……」
もしかして第三世代AIは、人間とAIの違いを認識しているのか?
「マミは負けても消えたりしないから、だから逃げて……」
確かにデュエルでは、敗戦してもヒットポイントがゼロになるだけのこと。
AIそのものが破壊されるわけではない……。
「いや待て、お前たちの体がこんなふうに欠損したことなんてないだろう……これはただのデュエルじゃない! 消えてなくなる可能性があるじゃないか!」
「大丈夫、マミの身体デジタルだから……再生できる。でもマスターは、戻れなくなったら……体が……」
やはりマミは人間を理解しているようだ。
たしかにマミはただのデジタル、NFTにしかすぎない……。
「いや待て、NFTって唯一無二だから価値があるんだろ? 似たものは作れても、そのデジタル個体は1つしか存在しないばず……つまり、消えれば二度と同じマミではなくなるよな」
「……」
マミが言葉を返さなかったことで、理解した。
マミ自身、それを分かっていて言っていたんだ。
「スキル発動! スリープ! みんな眠むっちゃえー」
自ターンには三十秒の時間制限があり、自動的に相手ターンになる。
ターンエンドギリギリで、マミはスキルを発動して、ペンギンたちの次の列を眠らせた。
「いいから、マスターお願い、逃げて……」
たかがデジタルAI相手、自分の命の危険をかけて、マミを守ろうとするなんて馬鹿げている――。
そうだ、そんなことは分かっているけど、どうにも止められない。
もういい、やけくそだ――。
「あのロケット並のスピード、スケボーでも逃げられそうにないし。NFTデュエルゲームで人が死ぬなんて、ありえないからさ」
「違うよマスター――これはゲームなんかじゃないの……あいつら、バグハンターなんだよ……マスターをバグとみなして消しにきてるの……だから……」
なにを知ってるんだ、この子……。
この現状を実は知っているのか――?
ブー――。
ペンギンたちのターンが終わり、マミのターンが来てしまった。
「ドロー! どうしてわかんないの!」
マミは二枚のカードを盾にした。
「スキル発動! ヒットポイントブースト!」
一枚のヒットポイントが倍になった。
だが、次のターンを持ちこたえられそうにない。
ペンギンたちも後列に行くほど攻撃力が高くなっているようだ。
レベル七のカードでも、二体の攻撃を受ければ破壊されてしまう。
「マスターのおばか! しらないから――ターンエンド!」
「きっとなんとかなるよ」
もともと現実感が乏しい俺は、なんだかマミを守りたい、いや守れなくても置いていけない心境だったのだから仕方がない。
ペンギン隊の猛攻が始まる、四体目のペンギンが飛んできたところで、こちらのデュエルカードが全部破壊された。
五体目のペンギンが、突っ込んでくる。
膝を突き、左腕でマミを抱え、半身になり、飛んでくるペンギンを右手で払いのけようとした。
そんなことができるとも思っていないが、右腕一本の損害なら死にはしないさ――。
「ふぎゃー」
顔をそらして右手で払いのけたとき、それは起きた。
恐る恐る見ると、飛んできたペンギンは破壊されて塵になっていく。
――えっ? なにが起きた、今の変な声は……。
「痛いじゃんかよー、なにすんねん!」
(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)