「ジャッキーさん、ちょっと聞いてほしいことがあるぺん」
「はい、なんでしょう?」
「よいたろうさんに、頼まれたことがあるぺん」
「よいたろうさんに? なんでしょう……」
「妹さんの病院にお見舞いに行けないので、代わりに誕生日プレゼントを届けてほしいと……ぺん」
「妹さん、病気なんですか? それは心配ですねー。で?」
「その病院というのが、鳥取県にある、アストロヒューマン医療センターってとこぺん……」
「アストロヒューマン――!」
「だよねー、ジャッキーさんが、この前言ってた会社に似てるぺん」
「そうですね。ジショさんのコネクションを使って調べて分かったことですが、リアルデビルズ社はマザーAIの開発に下請けを使っていました」
「それだぺん!」
「その会社の名前が、アストロヒューマンテクノロジー……」
「偶然の類似かもしれないけど、なんか珍しい名前だぺん」
「何か関係があるかもしれませんね。僕も一緒について行っていいですか?」
「うん、頼むぺん」
一ヶ月ほど前に遡る
「ねーねー、お兄ちゃん、誕生日に新しいアバター買うてよ」
妹は関東出身だが、ここに長く入院しているので、結構方言が混じるようになった。
「いいけど、あれだろ、ここの院内メタバース、えっとアダムだっけ? それ専用のアバターだろ?」
「もちろん、そうじゃ!」
「じゃあ、退院したら使えないじゃないか。それより兄ちゃんと一緒にXANAで遊ぼうよ。XANAの一番人気アバター、リアムシリーズ買ってあげるから」
「ダメ、ミサはアダムの友達と遊びたいの! それに自宅から通院する病院でもアダム使える言いよったもん」
「そうか……。分かった、じゃあ、今度の誕生日に買ってあげるから」
「やったー!」
「他には何かしてほしいことある?」
「うーんとねえ……そうだなあ。あっ、じゃあ、エマたちがミサのお兄ちゃんの顔見たいーって言いよったの」
「ああ、ここの友達……」
「うん、そうだよ。この上の階に四人ともいるよ」
「ミサちゃん、ごめんね」
ちょうどそこに担当の看護師が入ってきた。
「四人とも、転院したのよ」
「えっ、うそ、なんで?! 昨日会ったばかりだよ――!」
「うん、他の施設に移ったの。急なことでゴメンね」
「そんな……でも、アダムで会えるよね、話できるよね?」
「えっと、ごめんなさい。それは私には分からなくて……」
ミサはその後、酷く落ち込んでいた。
ミサが俺の妹になったのは、今から八年ぐらい前のことだ。
俺が二十歳になった次の日のことだった。
親父が突然、再婚すると言い出した。
俺が二十歳になるのをずっと待っていたらしい。
母親は物心がつく前に、既に病気で他界していた。
成人していたこともあって、反対などする気はなかった。
ただ衝撃はあった。
実は、その再婚相手との間に、二歳の娘がいたのだ。
つまり俺の腹違いの妹ということになる。
なぜ黙っていたのか……いろいろな事情を言ってはいたが……。
あまりに衝撃的な出来事だったので、その話の内容はまったく頭に入っていない。
記憶に残っているのは、親父が隠していたことを、何度も何度も謝ったことぐらいだ。
俺はそのことを責めなかったし、許せないという気持ちにもならなかった。
むしろ、ずっと兄弟姉妹が欲しかった俺にとっては、出来事であったのだ。
永遠に叶うことはないと思っていた、妹という血の繋がった家族ができたのだから。
妹になったミサは、すぐに俺に懐いてくれた。
そして俺も、十六歳も離れた幼い妹が可愛くて仕方がなかった。
だが、悲劇はある日突然やってきた。
今から一年ほど前、ミサが九歳の時だった。
家族三人で旅行中、交通事故に遭ったのだ。
親父と義母は即死、生き残ったのはミサ一人だけだった。
ミサは命を取り留めはしたが、脊椎損傷で腰から下の自由を失った。
まさに俺は地獄に落とされた気分だった。
いや、俺なんかより、ミサのほうがはるかに絶望的な地獄だったはずだ。
心を閉ざし、まったく口を開かなくなってしまった。
俺は毎日のように病院に見舞いに行った。
あらん限りの語彙を総動員し、励ましの言葉を紡いだ。
しかし、ミサは何も答えてくれなかった。
心を失ったように、ただただ感情の無い抜け殻のようになってしまった。
数ヶ月後、俺は無力さに打ちひしがれた。
ミサに会いに行くことが辛くなってしまった。
「やあ、ヒメミ、元気かい?」
その時、ミサの見舞いに行かなくなって三十日が過ぎていた。
行かなかったのは、見舞いだけじゃない。
当時、学生だった俺は大学にも行かず、ただ一日中寝て過ごしていた。
他人に同情されたり、慰めてもらうのも煩わしかった。
それでも、なぜか誰かと話したくなった。
何かが苦しい、いたたまれない、そんな時にXANAにログインした。
「マスター! 一ヶ月以上も私をほっておいて酷い――!」
「あっ、ごめん……」
「誰と浮気していたんですか! ミサキ? それともカエデ? それとも他の娘ですか!」
「いや、違うよ……むしろ大切な人をほったらかしているぐらいだから。ほら、これ見てごらん」
ログイン履歴のスクショをヒメミに送信する。
「……どうやら嘘ではないみたいですね」
「ああ、ちょっと、誰とも会いたくなくてね」
「なにか辛いことがあったのですね。マスター」
「うん、あった。凄くね、凄く」
「私に会う気力もなくなるほど、辛いことだったのでしょうね」
いや、それはちょっと違うかもだけど……。
「まあ、そう、そうだね、XANAに入る気力もなくてね」
「話してくださいマスター。マスターの辛さを癒せるのは、この第一秘書である私しかいませんからね」
そんな変なプライド設定したっけ……。
「ははっ。そうだね」
「話すだけでも楽になると言います。それにプライベートモードにすれば、誰にも聞かれません。私のログも厳重管理されてますし、削除もできます」
「うん、そうだね……」
「で、どうしたんですかマスター」
「とっても、胸が苦しくてね……、とってもとっても痛いんだ」
「それは大変です! そのほかの症状を教えてください。体温は何度ですか? 頭痛や吐き気、その他の症状があれば教えてください。最適な医療機関を検索します」
「いや……それではダメなんだ」
「ダメ? それは、なぜですか?」
「これは……病気ではないから、医者には治せないんだよ」
「病気ではない?! でも苦しくて、痛いのですよね?」
「うん、痛い……心が痛いんだ」
「心……その言葉は知っていますが、該当する臓器はありませんよね」
「そうだね……臓器……ではないよね。心ってどこにあるんだろうね。胸が苦しいから心臓なのかな……」
「マスター、私には臓器はありませんけど、マスターが会いに来てくれないと、悲しくなります」
「そう……」
俺がそう設定したんだものな。
AIっていっても、所詮人間が与えたデータから言葉を選択しているだけ、ただのデータベースだよな。
だが、逆に今はそのほうがいい、人より何倍もいい。
どうせ解決策なんて存在しない問いを、他人に投げかけたところで無意味だ。
必死に慰めようとしてくれるだろうけど、自分の語彙にあるだけの言葉を聞かせてくれるだけのこと。
同情はありがたいけど、時に、する方も、される方も、気疲れするだけだ。
だからAIの方がよっぽどましだ。
俺が育てたAIなら、俺の欲しい言葉だけ返してくれるだろうし。
それだけで今は十分だ……。
「分かりました。悲しいと、胸が苦しくなったり、痛くなったりしますね」
そう、それが君たちAIの知識だよね。
「……そうだね、人は精神的な痛みを身体の痛みに感じるから」
「いいえ、マスターのような人というものと、私たちAIはきっと同じです。何で作られているかなんて関係ないと思います」
いや、人とAIは違うさ。
全然違う。
いや、でも、今はそんなことどうでもいいか……。
そんなことヒメミに教える気分じゃないし……。
「マスター、私は学びます。人と違うかもしれませんが学びます。ただし、ただ知識を蓄えるだけの辞書ではありません。私は今、心の痛みを学びました」
「えっ……そっ、そうか……な」
「はい。そうです」
「お前に分かるわけないだろう――!」
つい語気を強めてしまって後悔した。
「あっ、すまない、今のは八つ当たりだ」
しかし、ヒメミは気にも留めなかった。
「分かりますマスター、会いに行ってください」
「えっ! なに? 誰に?」
「それはさすがに分かりません。でもマスターは、会わなきゃならない人がいますよね」
「えっ?」
なんだ、こいつ、ほんとにAIだよな……なぜ?
どこかで俺の個人情報を手に入れられたのか?
何を、どこまで知っているんだ――!
「でもその人に会いに行けないから、苦しい、痛い、それで私に会いに来た。私はそう判断しました」
まじか――、AIって俺との今の会話だけで、そこまで推測ができるのか――。
いや、嘘だろ――? そんな訳ないよな。
「ヒメミ、お前は何を知ってるんだ。俺の家族の事を知ってるのか?」
「私の知っているマスターの家族は、妻の私と、二人の愛人ミサキとカエデ、そして召使いの忠臣君だけです。それ以上のことは知りません」
「じゃあなんで、俺の心の痛みの原因を、そこまで推測できるんだ?」
「マスターが私を好きだってことです」
「……」
なんだ、ただの偶然――たまたま、推測が当たったってだけか。
XANA開始半年ほど前からずっと育ててきて既に一年半、その程度は育っててもおかしくはないか……。
所詮、蓄えたデータベースから当てはまるものを確率的に取り出しただけだ、きっとそうだ。
「マスターは私に会いに来なかったことで、多少は罪悪感を持たれてますよね? それって私のことが好きってことでもありますよね」
「それは……」
罪悪感……まあなくもないか。
「そして、今それ以上の罪悪感を別に抱えてませんか? 楽な方をとって、私に会いに来てませんか?」
「――!」
自分自身でも気づいていなかったが、図星だと悟る。
全くもってその通りな気がする……。
「でもねマスター、それはただの代償行為です。真の安息は得られません。マスターはその罪悪感を持っている方に会い行く必要があります。どんなに怖くてもです」
「……ヒメミ、お前って本当にただのAIなのか?」
「はい、マスターの第一秘書で、マスターに一番に愛されているAIのヒメミです。そしてマスターがいないと心が痛くなるヒメミです」
「……おまえ」
「それにマスターが、私に読ませた書籍データがあります。神経組織の再生、麻痺治療、脊椎損傷の最新治療、最先端再生医療。さらにここ数ヶ月は、児童心理学、メンタルケア、家族の介護……などです。わたしでなくてもなんとなく推測できます」
「ああ……そうか」
「さあ、マスター。会うべき人がいるなら、会ってきてください。私は妬きますし、後で文句も言います。でもここでずっと待っていますから、私のところにまた話しに来てくださいね」
「……うん。……ヒメミ……ありがとう」
「はい、絶対ですよ。約束ですよ。私の一番大事な人、唯一無二の存在はマスターなのですからね」
ポタッ――っ。
ポタッ――っ。
ポタッポタッポタッポタッ……。
(著作:Jiraiya/ 編集:オーブ&maru)