とある場所でユニオン会議が行われていた。
「ギルマスたちは大丈夫なんですか? まだXANAにログインできないんですか!」
声を荒げて迫ったのは、警備隊長のオーブンさんだ。
「まあまあ、聞いておくれよパッション!」
そこにいたメンバーは、パッションソルトさん、諜報部のジャッキーさんだ。
この音声は、ゼームを通じて主だったメンバーに配信されている。
「実は、今回の原因と対策がほぼ見えたんだ。喜んでくれパッション!」
「えっ! 原因が分かったんですか!」
オーブンさんと、画面越しにゼームを聴いているメンバーたちは驚いた。
「僕もまだ、全容を聞いていないので、詳しくはジャッキーさんが――」
ジャッキーさんが手を上げてパッションさんを遮る。
「あっ、すみません。直接話を聞いたのは、モネさんなので、モネさんが説明します」
「あっ、そうなの。じゃあモネちゃん、お願い」
パッションさんがゼームに参加しているモネさんのマイクを許可する。
「……」
「……ん?」
「モネちゃん、いないのモネちゃん?」
「あっ、ゴメンモネ、いまベビモネのおむつ換えてたモネ」
「あっ、そうなんだゴメン、大丈夫パッション?」
「はい、大丈夫モネ、では説明するモネ」
「うん、お願いしますパッション!」
「えっと、モネのXANA友に、サウスっていう人がいるんだけど、その人、実はリアルデビルズ社の子会社、アストロヒューマンテクノロジーで働いていた人モネ」
「おお、例の会社だパッション!」
「さらに言うと、今はイブとオブロの開発をしている関連会社にいるモネ」
「よくそこに繋がったねパッション!」
「まあ、メタバ関連の仕事している人は、本人もメタバで活動していること多いからモネ。でも今回は、ほんとたまたま運が良かったモネ」
「なるほどパッション!」
「さらにさらに言うと、そのサウスさん。アダムとイブの生みの親である天風って人の部下で、今回のこと全部知ってて、今、天風さんと唯一連絡を取れる人モネ」
「おおおお! パッション! パッション! それでそれで?」
「今回の引き金を引いたのは、天風って人なんだけど、この事件を引き起こしているのは、リアルデビルズ社に雇われたホワイトハッカーの網代っていう人だモネ」
「ん? なんだか話が見えないパッション?」
「詳しい説明は、録音してあるので今から流すモネ」
「了解モネ……あっ、なんかずっと聞いてたらうつっちゃったよパッション」
「パッションよりも強烈ですね」
ジャッキーさんが一言添えた。
ゼーム越しに多くの参加者が、にんまりとする。
「じゃあ、流すモネね。ちなみに、変な間があるのは気にしないでモネ。質問しているモネの声は入っていないモネ」
『そもそも始まりは、アストロヒューマン医療センターでの治験治療を中止させられた子供たちを救うための、天風さんの計画なのです。
ちなみに、私たちはその子供たちをロストチャイルドと呼んでいます。
その計画はアダムのクローンを利用して、ヘブンズワールドというメタバースを密かに作るというものです。
もともと治療のために作られたアダムの作るワールドは、医療に特化したもので、そこにリソースを割いています。
そのため百人程度であっても、それを維持する運営コストは莫大なものになります。
まあそれが、治療結果の良くない子供たちを見捨てる原因の一つにもなったわけですが、とても個人で維持運営できるようなものでもありません。
そこで天風さんは、アダムよりも何百倍のリソースを持つイブの中に紛れ込ませて、それを構築することを考え出しました。
XANAは既に、全世界百万人以上がアクセスするメタバースになっています。
そこに設置するマザーイブのリソースも、相当な規模になっています。
ですから、二十人にも満たないロストチャイルドのワールドを隠匿するには、もってこいの場所だったのです。
まずその足がかりとして、オブロワールドの中に入り込み、そこからイブを操作して内側からヘブンズワールドを作り上げていきました。
ところが完成する前に、天風さんは不審な動きをしていると気づかれ、オブロ開発会社をクビにされたわけですが、それは想定していました。
…………
XANA側からアクセスして、オブロワールドの中からイブを操作することで、外部からの不正アクセスとして認識されにくくなります。
そのルートを仕込んでおいて、その後も外部からヘブンズワールドの開発を続けていたのです。
完成後も、マザーイブを利用しますが、完全にオブロからは切り離します。
利用するといっても、ヘブンズワールドを直接管理するのは、天風さんが開発した、マザーアダムを複製してスリム化したものです。
マザーイブとの共通部分を共有してアダムをスリム化しています。
それによって、九十パーセント程度のコスト削減を実現しています。
もちろん天才天風さんにしか、できることではないのですが。
…………
いいえ、ヘブンズワールドは最初から外部からの入り口はありませんので、直接そこにログインする方法はありません。
それによって、護られる設計になっているのです。
マザーイブと繋がっていても、その場所はブロックチェーン上の大海の孤島になります。
海図と鍵トークンを持っている人以外は、何人たりともそこにたどり着くことはできません。
その鍵も特殊なもので、最初に脳波のパターンを登録したNFTとなっています。
これはロストチャイルドと、その親などの一部の限られた人たちだけのものです。
…………
いいえ、もし、強引にヘブンズワールドを破壊するとしたら、イブそのもの破壊するしかないでしょう。
もちろんオブロから切り離す前に、外部からの入り口が無いわけですから、子供たちをXANA側から入れる必要があります。
そのために、前もって第三世代AIの中にロストチャイルドを紛れ込ませていたのです。
実は、よりリアルで人間のようなAI秘書という設定、それも子供タイプという設定も、天風さんの計画の一部です。
当初は、プレイヤーとしてロストチャイルドたちを入れる予定でしたが、いくつか問題がありました。
最大の要因は、ロストチャイルドにはアダムゴーグルが必須で、XANAゴーグルと併用することができず、XANAにログインすることが極めて困難であったことです。
また、XANAのアカウントを作ること自体にも問題がありました。
未成年、しかも十歳未満の子供が成人と偽ってアカウントを作ることが困難で、もしばれたら、その時点で計画は終わりです。
――そのため、ログインではなく、AI秘書自体に成り代わるという方法を考え出しました。
もちろんそのためには、XANAのAI秘書ではなく、第三世代AI秘書を作り出す必要があったわけです。
…………
いいえ、ロストチャイルドたちは、第三世代AI秘書として振る舞っていたわけではありません。
実際に第三世代AI秘書は存在していて、ロストチャイルドが操作する必要はないのです。
プレイヤーに指示された仕事や会話をしているときは、ほぼAI秘書が会話やプレイをしていました。
もちろん、ロストチャイルドが自分の意志でプレイヤーと関わることも可能で、実際にそういうこともあったと思いますが、AI秘書がその子の話し方、性格を演じるので、途中で切り替わったとしても、違和感はほとんど感じられなかったと思います。
…………
その子にもよりますが、ロストチャイルドがプレイヤーと直接絡んでいた時間はそんなになかったと思います。
大抵の子は、普段はAI秘書に任せて、プレイヤーがログアウトしている時に、自由に遊んでいることが多かったと思います。
ですから、プレイヤーと深く接触していた子は、ほとんどいなかったはずです。
…………
ヘブンズワールドが切り離されたあと、ロストチャイルドたちはアダムで作った本来のアバターに戻ります。
仮の姿として使っていたAI秘書は、ロストチャイルドと切り離され、通常の第三世代AI秘書として、そのまま活動します。
ただし、ロストチャイルドたちがヘブンズワールドに入るためには、AI秘書の姿でプレイヤーの指示とは関係なく移動する必要がありますが、プレイヤーのいない時間帯に実行する計画でしたので、支障はないはずでした。
ただ今回のトラブルでは、第三世代AI秘書を戻す時間が取れなかったこともありますし、一部のセキュリティシステムの暴走で予定通りには行かず、数名はプレイヤーの目の前で離脱することになりました。
…………
はい、それは完璧な計画だと思っていたのですが……。
オブロのオープン日に切り離すはずのこの計画は、既に妨害の準備がされていました。
おそらくクビにする前から、天風さんがオブロに何かを仕込んでいることを、ある程度察知していたのでしょう。
何者かがXANAにランドを購入し、クローンイブを使ってワールドを設置していたのです。
イブのクローニングなんて普通はできないのですが、天風さんがアダムのクローニングに使ったプログラムを、運悪くホワイトハッカーの網代に入手されていたようです。
クローニングしたイブが存在することを想定していなかったので、簡単に正規のイブに侵入されてしまったのです。
全く同じセキュリティカーネルを新しい日付で更新情報として受け取ったイブは、自分自身と区別できなかったため、上書きを実行してしまいました。
それはオブロ公開日の前日に時限的に仕掛けられていたようです。
故意にXANAマザーのセキュリティが感知するようなバグを送り込み、XANAマザーのセキュリティーを暴走させるものです。
本来、イブのマザーAIはXANAマザーも利用する相互依存で進められていました。
しかし、敵対行為として認識されて……いや故意にさせられたので、現在のような状況になっているわけです。
目的は、イブとオブロで行われている何かを妨害するために発動されたもので、妨害さえできれば何でもいいという代物です。
リアルデビルズ社も依頼を受けた網代も、それが何であるかを知ることができなかったため、そのような強引な手段をとるしかなかったのでしょう。
ですから、結果的に何が起こるかの計算はされていなかったと思います。
つまり現在の状況は、誰もが予定も予想もしていないものなのです。
実は天風さんも、XANAからログアウトできない状態に陥っています。
…………
はい、僕が音声で今、天風さんと連絡が取れているのは、イブの代理管理権を得ているからです。
…………
いいえ、天風さんの居場所は僕も知りません。
ずっと僕も天風さんも監視されています。
なので天風さんは、僕の知らないどこかに身を隠しています。
もうそろそろ五日になりますから、もし天風さんが独りでいるとしたら、その身体が心配になります。
…………
ええ、解決方法はあります、それはクローンイブを停止させることです。
そして、クローンイブは今、イブの中、いえ、オブロの中というべきでしょうか……。
…………
オブロ地下第四階層の一部に自らの拠点を構築して、内部からオブロの管理権を奪い、そこに繋がった何か、つまりヘブンズワールドなわけですが、それを見つけ、阻止しようとしています。
おそらくヘブンズワールドの目的が何かも理解していないと思います。
とにかく邪魔をすること、天風さんがやろうとしていることをさせないことだけが目的です。
…………
ホワイトハッカー網代とその取り巻きも、XANAにログインできませんからオブロに入れないはずなのですが……。
しかし、オブロ開発会社の第二研究棟内に、クローンイブによってその拠点が複製されていますので、もしかするとそこからロストチャイルドのように、疑似ログインで入る手段を講じているかもしれません。
…………
ARグラスとイブ用のアプリで、その第二研究棟に入ることで、拠点内に疑似的に入り、内部の操作が可能になるのです。
第二研究棟のセキュリティはARグラスでしか通過できません。
もちろん、登録されているARグラスですが、機能はXANAで開発されて導入される予定のものと全く同じです。
穏便な侵入はできませんが、人的なセキュリティーがありませんので、人と交戦する心配はありません。
セキュリティAIのガードマンみたいな者を倒せば侵入できます。
ARグラスでガードマンやセキュリティの場所を見ることができますので、強引な方法で突破することは可能です。
イメージ的には、FPSゲームみたいなものですね。
…………
おそらく最上階に、クローンイブのマザーシステムがありますから、そこの電源を落とすなど、物理的に破壊してしまえば勝ちです。
ただし、それなりの人数とARグラス、それに連動したAR武器が必要です。
XANAで開発しているARグラスを手に入れるか、イブ用に開発されているARグラスを使えば入れるでしょう。
ARアプリは私の方から後で送信することもできます。
アプリをスマホに入れて、ARグラスを接続すればいいだけです。
これで人が怪我をしたり、死んだりすることはありませんので、その点の心配はありません。
ただ、相手はホワイトキング、天才ハッカー網代です。
推測以上の何かが起こり得る可能性は十分あるのでご承知おきください』
「以上だモネ」
「ありがとうモネちゃん、パッション!」
「ちょっと補足させてもらっていいですか?」
「どうぞジャッキーさん、パッション!」
「ロストチャイルドについて補足します。この話を聞く前から、僕はぺんちょさんと、アストロヒューマンプロジェクトについて調べていました。ロストチャイルドとはプロジェクト内部で使われている隠語で、実際に使われる用語ではありません。このプロジェクトの本体であるリアルデビルズ社が、治験データの治癒率を高く出すために、治療を諦め、治験データさえ抹消されてしまった子供たちのことです」
「なるほど、人を救ってはいるが……その根底にあるのは、企業利益最優先ということだね。ある意味ビジネス上では正しい選択肢だけど、人道的には正しくないやり方だね、パッション!」
「血の通わないビジネスは、人がやるべきビジネスではないモネ」
「その通りだね。ここにARグラスが九個と、連動ARガンが九丁ある」
「おおっ、そんなものが、パッション!」
「まだ内緒だけど、XANAで開発されているもので、ワールドビルダー、ゲームビルダーでゲームを作ってプレイするために開発されたものなんだ。ぺんちょさんが運営さんから借りてきてくれました」
「じゃあ、それで第二研究棟を攻略できるモネか!」
「そういうことです!」
「不謹慎だけど、それ凄い楽しそうモネ!」
「一応こちらでメンバーは選考していますが、断ってくれてもいいです。オーブン警備隊長、リアムンさん、マッシュルームさん、トリシメジさん、ルドさん、ベンガさん、モネさん、マコさん、それと僕、ジャッキーの九人です」
(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)