俺が目を覚ました時には、全員のステータスは完全に回復していた。
アイテムBOXからセンちゃんを出して、マミを乗せてやる。
ボス部屋の出口扉を開き、地下第四階層へ向かう通路に出た。
三メートルほど行くと、十畳ほどの部屋がある。
部屋の十二時方向には、幅二メートルほどの通路が続いている。
おそらくここが、オブロ正式オープン後に、四階層のリスポーン地点になるのだろう。
あれ? 確かもうオブロに入ってから三日目のはずだ?!
だったら昨日、オブロはオープンしているんじゃないか?
いや、オープン後も一週間はトライアルバージョン……だったか。
「ヒメミ、オブロって昨日オープン日だったよな?」
「はい、でもその気配は無いですね。どうなのマミ?」
「うん、まだオープンされてないみたい」
「そうか……まあ、たいした違いはないか」
「今、オブロは誰でも入れる状態になってましたしね」
「よし、じゃあバフをかける……おっ、オートマナリチャージがレベルアップでパーティー対象になってる」
「それはいいですね! 回復量も上がってませんか? 私のパッシブスキルはHP自動回復量が上がってます」
「おおっ、そうか。おっ確かに、オートマナリチャージの回復スピードが倍になってるな!」
「今までより、マナ切れの心配が緩和されますね」
他のスキルも確認してみた。
ステータスブーストもかなりパワーアップしている。
新たなバードスキル、幻惑も取得している。
幻惑効果で、モンスターの相打ちを誘発させるスキルと説明がある。
対属性耐性や攻撃ブーストなど、バード系スキルもより強化されている。
もちろん俺だけでなくヒメミたちも、それぞれ新たなスキル取得や効果アップなどしている。
トライアルバージョンで設定されている、レベルアップブーストの恩恵がかなりありそうだ。
「マスター、ここからはジェネシスカードが使えません。マニュアルにそのように記載されています」
「えっ! そうなのか――。じゃあ、今までのスキルは……」
「それは大丈夫です、ジェネシスによるブースト効果は、レベルアップ分でほぼ補えるはずです」
「そうか。ならよかった」
全員に、マナリチャージ、ステータスブーストをかける。
「ヒメミ、前衛を頼む」
「はい、マスター」
「続いて、忠臣君とカエデは並列に」
「はい、マスター」
「御意!」
「続いて、ミサキとマミは並列、後衛は俺だ」
「はい、マスター」
「はい、マスタぁ」
「トーチ」
トーチスキルを使い暗い通路を照らす。
通路であれば、二十メートル先まで明るくなるようだ。
ヒメミは、迷いなく通路を進んで行く。
二十メートルほど行くと、T字路に行き当たった。
どうも通路にモンスターは出ていないようだ。
「さて、どうするか……」
「マスター、うちが偵察してきまひょか?」
「そうだな、じゃあカエデ右を頼む、左はリジィーで偵察する」
「了解どす、マスター」
「待った、カエデ!」
ステルス化して走り出そうとするカエデを止める。
「なんどす?」
「念のためチュー太を連れて行け、もしもの時のためだ。あと、明かりは持っているか?」
「了解どす。忍者は夜目効くさかい」
そう言うと、カエデはあっという間に見えなくなった。
トーチの明かりの届く範囲以上の距離に進んだのか、ステルスで味方にも見えにくくなっているのかは分からない。
リスのリジィーをアイテムボックスから取り出す。
設定パネルを開き、『何者かを見つけた時、又はスタミナの半分を消費した時は帰還する』という設定にする。
通信できればなぁ……と、何度も思うが相変わらずできない。
カメラ録画をしてきたもので確認するしかない。
五分もしないうちに、リジィーが戻ってきた。
録画を確認してみる。
百メートルほど先に扉がある。
だが、リジィーには開けられない……扉の前でうろうろしている。
ガルルルル、グォー。
獣のうなり声がいくつか聞こえる。
扉の先にモンスターがいるようだ。
さらに五分ほど経って、カエデが戻ってきた。
「マスター、直線で百メートルほど先に扉があるんや」
「中は入ってみたのか?」
「はい。まるで野外のような広さで、廃墟広がってましたで」
「廃墟……ずいぶんと迷宮とはかけ離れた世界感だな」
「鉄筋の建物で、一番高おして三階建てぐらいどす。壁や屋根破壊されたものがほとんどどす」
なんかFPSの市街戦のイメージじゃないか……。
「戦場になった都市みたいな感じのイメージだろうか」
「まさに、それどすなぁ」
オブロ迷宮の中だぞ……いきなりそのぶっ飛んだ設定はどうなんだ?
何かがおかしい気がしてくる。
「で、モンスターはいたのか?」
「それが……黒いペンギンどした」
「ペンギン!」
真っ先にバグバスターペンギンが思い浮かぶ。
「バクバスターペンギンなの?」
ヒメミも同様に思ったらしい。
「色は全然ちゃうし、少し大きかったさかい、ちゃうみたいやけど」
「うーん、戦場跡に、黒ペンギン? ……どう考えても違和感しかないな」
「そうですねマスター、やはりオブロのコンセプトにはふさわしくないですね」
ミサキも同意見だ。
「ヒメミ、これはやはりバグっているということだろうか……」
「マスター、そう考えたほうがいいと思います。マミは何か分かる?」
「ううん、分からない」
「そう、ありがとう」
少し思考を巡らすが、これといって良い考えは浮かばない。
ただ、反対側の部屋も見ておくべきだと判断する。
「カエデ、反対側も見てきてくれないか?」
リジィーの撮ってきた動画をカエデに見せる。
「了解どす、マスター」
五分ぐらいでカエデが戻ってくる。
「マスター、十メートル四方の部屋で、これまでと変わらへん感じどしたで」
「そうか。モンスターはどうだ?」
「ケルベロスがうろついてはったね。数は不明どすが、ぎょうさん」
ケルベロス、聞いたことがある名だ。
「ケルベロス……たしか、犬のような奴だったかな?」
「そうどす、三つ頭のついた犬みたいなやつどした」
「バグった部屋、想定通りの部屋、どっちへ行くべきか……ヒメミ、どう思う」
「黒ペンギンの方が危険ですね。ただ、問題の解決を考えると、そちらの攻略が必要かと思います」
おそらくヒメミの言うことは正しい。
「だよな。……危険な方が問題の本質に近い可能性が高いよな」
「はい、幸い現在は全員の状態がいいので、先に危険な方の攻略だと思います」
確かにそんな気がする。
怖がっていては何も進まないな。
「よし、では黒ペンギンの方へ行こう。何か戦略があれば言ってくれ」
「マスター、市街戦でしたら、身を隠しながら、ミサキの狙撃で一体ずつ潰していくのはどうでしょう」
なるほどさすがヒメミだ、その方法が良さそうだ。
「そうだな、黒ペンギンの感知範囲と、建物の状況にもよるがそれが良さそうだ」
「はい、マスター」
「ほかに誰か意見はあるか?」
「私に任せてください、マスター。百発百中です。矢も約五十本ほどありますし」
「そうか、結構矢増えたんだな」
「マスタぁ……マミ、ペンギン怖い」
「大丈夫だよマミ、ちゃんと俺が守るからな。後ろからヒールしてればいいだけだ」
「うん」
「では、今回はカエデが先行、そのあと隠れながら、できるだけ遠距離で倒していく。カエデ、マナは?」
「マスターの自動回復で、すぐ回復するさかいいけるで。ステルスで消費した分は、もう全快やし」
「分かった、では行こう」
《オブロ地下第五階層》
「マスター、クローンイブの侵入先を見つけました」
「どこだ?」
「地下第四階層の一部を書き換え、そこに拠点を作っています」
「なんだと! なぜ気づかなかった?」
「セキュリティーの六割以上を乗っ取られていたようです。そのため、セキュリティーから上がってくるデータそのものが、虚偽の報告になっていました」
「それじゃ、勝ち目がないってことか!」
「五階層まで乗っ取られるのは時間の問題です。時間を稼ぐ方法をとるしかありません」
「くそっ……ヘブンズワールドに子供たちを移す。すぐにロックしろ」
「完全切断できないので、ロックの痕跡が消せませんが、よろしいですか?」
「仕方がない。子供たちが排除されたらすべてが終わりだ。なんとか侵入される前に、オブロとヘブンズワールドを切り離すんだ」
「それと、呼びかけで集まったアストロチャイルドは全員収容しましたが、対象のチャイルドが一人来ていません。いいのでしょうか?」
「ああ、……それはいい」
「分かりました。十二分でロックしますので、子供たちを移動させてください」
「分かった」
天風は自分のXANAデフォルトのアバターで、子供たちを遊ばせている部屋に入る。
「みんな、お待たせ。ヘブンズワールドに行けるよ」
「やったぁ!」
子供たちが一斉に歓声を上げる。
「アダムとおんなじなんだよね?」
「そうだよ、アダムでできたことはなんでもできるよ。それに、新しい遊び場も作ってあるよ」
「わぁー! 早く行こ―」
「天風さん、ヒカリがまだ来ていないけど」
子供たちに混じって大人のアバターがいた。
それはヒカリの母親のアバターだった。
「あけみさん……えっと、ヒカリちゃんは……」
「ヒカリが心配だわ、置いてはいけない」
「まだプレイヤーたちと一緒にいるみたいなので、あとから連れて行きます。子供たちと一緒に避難してください」
「そうなの……分かったわ。ヒカリをお願いね」
天風を残して全員が五階層のボス部屋から、へブンズワールドへの扉の中に消えていく。
本当はロックをかけたら、もう誰も入れなくなることは言わなかった。
「イブ……侵入者たち、いや、プレイヤーたちはどこだ?」
「今、先行しているパーティーは四階層にいます。おそらくクローンイブの拠点に行くと思われます」
「くっ……まずいな……それ」
「はい、クローンイブのバスターペンギンはプレイヤーをバグと認識すると思います」
「人もAIも区別無しなのは、暴走中のXANAのバグバスターペンギンと同じってことだな」
「はい、しかし、それよりも強力だと思います」
「……」
「マスター、戻りました」
天風のAI秘書、イズミが偵察から戻ってきた。
クローンイブが改変した場所は、イブからは確認できなくなっているためだ。
「状況は?」
「クローンイブが創り出した拠点が、四階層のボス部屋まで広がっていました」
「すぐに五階層まで来るってことか……」
「キョウカがコントロールした、四階層ボスと五階層モンスターたちでクローンイブの拠点まで押し戻しています」
「拠点を完全制圧できるのか?」
「いえ、アタッカーのバスターペンギンを一掃しましたが、警備用のバスターペンギンもいて、再生も速いので完全掌握は難しいと思います」
「こちらの損害は?」
「八割方のモンスターを喪失、バスターペンギンにやられたモンスターは再生できません」
「イブ、新規のモンスターを創り出せ」
「少し時間がかかります、リソースが足りません。ヘブンズワールドの切り離し作業に消費しています」
「……くぅ」
(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)