【理想郷】という意味がある【XANA】、その名を付けられたメタバースの世界の中にファッションショップ街がある。
そこではアバターと呼ばれるユーザーの分身の衣装や小物など、身に着けるアイテムが販売されていた。
アバター本体は無料で制作できるが、着せ替えアイテムは有料で販売されているショップから買うユーザーが多い。
ファッションショップ街では様々なデザイナー達が、オリジナルの商品を販売している。
その中で、広場に面したアニマルデザインの店には、数多くのアバターが訪れていた。
店内ではウサギ耳にメイド服を着た愛らしい女の子が、せわしなく働いている。
『ありがとうございました! またいらしてくださいね♪』
『ラビさん、ありがとう♪ また来るね!』
購入した猫耳パーカーに着替え終えた女の子のアバターが、喜びの表情を浮かべながら店を出て行く。
店内で販売されているのは、アニマルをテーマにした着せ替えアイテムばかり。
可愛らしいものからセクシーなものまで、若い女性アバターをターゲットにした着せ替えアイテムは大好評で、デザイナー兼店長のラビこと月兎(つきと)弥生(やよい)は現実世界でも笑顔が絶えないほど営業は順調だ。
(専門学校ではわたしのデザインは奇抜過ぎるって言われてたけど、こういう世界なら大ウケすることが分かって良かったぁ。売上と評判が良ければ、XANAの着せ替えアイテム専属デザイナーに雇ってくれるって話だし、頑張らないと!)
元々動物が好きだった弥生は、身に着ける服や小物でも動物をテーマにしたものが多かった。
しかし万人受けするものではないことから、専門学校での評判はあまり良くない。
卒業の時期が迫る中、悩んでいる弥生に進路相談をしていた先生が、メタバースのことを知っているかと尋ねてきた。
友達から話には聞いていたものの実際にはやったことが無かった弥生だったが、その後の先生の話で一転する。
XANAという名の世に出たばかりのメタバースの世界の中で、アバターの着せ替えアイテムを販売するショップ街が制作されるのだが、そこでは有名なブランド店はもちろんのこと、新人デザイナーの着せ替えアイテムも販売する予定とのこと。
もちろん審査はあり、オリジナルで制作した着せ替えアイテムを提出して、認められればお試し期間で出店ができる――との話だ。
弥生はすぐにその話に興味を持ち、先生から募集広告が掲載されているページを紹介してもらい、早速取り掛かることにした。
一ヵ月ほどかけて、着せ替えアイテムを制作して応募したところ、見事当選する。
しかも店舗は人が多く集まる広場に面した良い場所を与えられた。
現実世界で着るとなると気後れしてしまいそうな着せ替えアイテムは、しかしアバターに着せるとなると喜んで購入するユーザーが多かったのだ。
特に弥生のデザインは他では真似ができないほど個性的なこともあり、一躍SNSで有名になった――。
(本当は現実世界の人間に着てもらいたかったけれど、XANAでは全世界のユーザーが集まって買いに来てくれるし。今のところ単価は安いけど、売れればそこそこ売上金は上がるし。やっぱりこういう仕事の方が向いているのかなぁ)
考え事をしながらも、接客を済ませていく。
ラビ自身がここにいなくても自動的に売買はできるのだが、お客様の反応を見たいが為に、時間が許す限り訪れていた。
『ラビさん、イベント広場でおもしろい公演が行われているみたいなんですけど、息抜きに行って見たらどうですか?』
不意にお客様の一人から声をかけらた弥生はキョトンとする。
『イベント……ですか?』
『カラヴァッジョというグループで、何でも音楽と映像を組み合わせた公演がなかなかおもしろいって評判ですよ。一日に何度か公演されているみたいですが、もうすぐはじまるそうです。お店に出るのも良いですけど、ちゃんとXANAを楽しまないと損ですよ』
そう言って、セクシーなヒョウ柄の着せ替えアイテムを着た女性アバターはお会計を済ませて店を出て行く。
『イベントかぁ……。確かに店にばかりいて、他の場所はあまり見てなかったなぁ』
先程のお客様は常連さんで、開店した時から何度も来てくれていた。
そのたびにラビがいるものだから、気を使ってくれたのだろう。
『じゃあちょっと行ってこようかな』