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クリエイターズメタバース

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 数日後。電車とバスを乗り継ぎ、2時間以上かけて弥生は山の中にあるアトリエに訪れた。

「ここ……だよね?」

 スマホの画面に映る地図には、間違いなくここだと表示されている。

 アトリエの看板には、『障害者芸術文化支援事業 アトリエ・ミケ』とあった。

 恐る恐るインターフォンを押すと、中から眼鏡をかけた温和そうな青年が出てきた。

「いらっしゃいませ。ラビさん」

「テトさん……ですか?」

「はい、そしてここの責任者でもあります」

 中に通されると、広い部屋に絵を描いている男女が数人いたり、また音楽室では楽器を使って作曲をしている人もいる。

 みんな夢中で真面目に作品作りに取り掛かっていた。

 一通り案内された後、二人は応接室に入り、ガゼボの時のように向かい合って座る。

「見ての通り、ここは障害者が絵を描いたり、音楽を制作するアトリエです。XANAの制作会社の方から声をかけられましてね。作品をあちらの世界で公開することにしたんです」

 コーヒーを飲みながら、思い返すように懐かしむ表情でテトは語り出した。

「制作会社からしてみれば、障害者の制作した絵や音楽が話題の一つとなると思ったのでしょう。我々もその思惑に乗った感じです。ある程度知名度が上がれば、今まで制作した作品が売れるのではないかと思いましたからね」

「じゃあ何故メディアから逃げるような形になったんですか? もしかして就職難民だったわたしに気を使ったんですか?」

「それも無いとは言い切れませんが……。やはり障害者であることを、ユーザー達には隠して公開しましたからね。今更そっちの話題で有名になるのは違うのではないかと思ったんです」

 確かに最初から障害者であることを打ち明けていた場合と、有名になってから打ち明けた場合では、それを受け取る側の反応は違うだろう。

「もう二度と、ああいったイベントは行わないつもりですか?」

「……もう少し時間が経った後に、XANA以外の場所で公開するかもしれません。アバターはそれぞれが楽しんでやっていますので、そちらは継続しますが」

 確かに現実世界とは違い、アバターが多少変な言動をしても、それはキャラ作りの為だと思われて嫌な意見は出にくい。

「でもテトさん、彼らはそんなに弱くはないんじゃないですか? どうしたって目立てば、障害者だろうが一般人であろうが有名人であろうがいろんなことを言われてしまいます。わたしのアイテムだって、悪く言う人はいるんです。でも喜んでくれる人の方が多いからこそ、頑張れるんです。カラヴァッジョの作品だって、そうじゃないんですか?」

「ラビさんは……私が過保護だと思われますか?」

「思いますが、間違ってはいないと思っています。これまでもわたしが知らないだけで、いろんなところで傷付いてきたのでしょう。でもだからと言って、傷付くことを恐れたままでは前には進めません。何より、作品を創る人達は自分の作品が人々に喜びを与えられることを知ってもらえれば嬉しいだけで、自分自身の評価なんて気にしませんよ!」

 弥生は胸を張って言う。

 自分自身のことを悪く言われたとしても、制作した作品のことを良く言われていればそれで良い――と。

「彼らだって、そうじゃないんですか? 自分自身の悪口なんて、きっと耳には入っていませんよ。本当に彼らの心に響くのは、作品への称賛なんですから」

「それは……そうかもしれませんが……」

「あの……、もしかして、ラビさん、かな?」

 扉を少し開けて顔を覗かせたのは幼い表情をしている二十代ぐらいの女性で、うさぎのぬいぐるみを手に持ち、ピンクのロリータファッションに身を包んでいる。

「はい、そうですけど……」

「わあ! あたし、XANAでモニラリアって名乗っているの。いつものように、モニって呼んで」

「ああ、音楽担当のモニさんでしたか。よくわたしのことが分かりましたね」

「さっき職員の人達が、『ラビさんが来た!』って話しているのを聞いたんだ。ここでも会えるなんて嬉しい!」

 モニと名乗った女性は、ニコニコしながら部屋に入ってくる。

 モニラリアはXANAではロリータファッションを身に着けたうさぎのアバターで、知り合ってからはしょっちゅうラビに話しかけてきた。

「こらこら、お客様の前ですよ」

「え~、だってずっとファンだった人が、来てくれたんだもん! 少しぐらい話をしても良いでしょう?」

 ぷくっと頬を膨らませる表情は見た目とは違い、子供っぽい仕草だ。

「いいですよ、テトさん。わたしもお話がしたいですから」

 弥生は改めてラビに体を向ける。

「モニさん、あなたはXANAでまたあのイベントをしたいと思いませんか?」

「したいよぉ。でもテトさんがダメだって。みんなやりたがっているのに、『あなた達の為だから』ぁとかワケ分かんないこと言って、やらせてくれないんだよ」

 ぶ~っと拗ねながらも、モニは素直に話してくれた。

「それは自分達が障害者だと、XANAや現実世界で知られてもやりたいことですか?」

「ラビさんっ……」

 あまりに直球の疑問にテトが目を丸くするも、弥生とモニはただお互いを見つめ合う。

 モニは軽く首を傾げると、人差し指を顎に当てて考える仕草をする。

「う~ん……。まあモニが創った曲が、『障害者が創った曲だ』って言われることはよくあるしねぇ。それで売れていることもあるし、別に良いんじゃないかな? みんなだって、『今更?』って思うよ」

「イヤな言い方かもしれませんが、最初のうちはそういった色眼鏡で見られることもあるでしょう。でも続けていけば、それも一つの文化だと世間に認めさせることができます。一般人には一般人の、障害者には障害者にしか創れない世界はありますから。わたしだって最初は『普通の人には向かない作品』って言われていたのが、XANAでは専属デザイナーに任命されるぐらい評価が良かったんですから」

 苦く笑いながら言うと、モニは「そんなのありえない! ラビさんの創る作品はみぃんなステキなのにぃ!」と怒り出し、テトは考え込むような表情になる。

「こんなことを言うのはなんですけど……、続けてほしいという声があるうちは続けた方が良いんじゃないでしょうか? 良くも悪くも興味を持たれますが、その結果、障害者という偏見から天才だと変換されることは間違いないんですから!」

 身を乗り出す勢いでテトに言うと、しばらく沈黙が部屋に満ちる。

 やがてテトは決意が固まったように、大きく息を吐く。

「はあ……。ラビさんの情熱には負けましたよ。確かに他のみなさんの意見も、『続けたい』という声が多数ありました。それを否定していた私こそが、色眼鏡でみなさんを見ていたのかもしれません。隠すことで守るほど、彼女達は弱くはありませんしね」

 テトの視線を受けたモニは、「えっへん!」と胸を張った。

「面倒事が起きたら、それこそ私の出番でしょう。それを恐れていては、逆に彼女達の活躍の場を奪ってしまうことになります。できるだけ早く、XANAに復帰できるように頑張ってみますね」

「テトさんっ……! はい、お待ちしています!」

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