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目覚めてみたら、XANAマスターになっていた件

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暗いよ……暗いよ、ママ、ママ。

ママ―どこ、どこー……。

怖いよ、怖いよー、ママ、ママ、ママ……。

 

――三年前のあるマンションの一室。

ある男とフィアンセがそこにいた。

その男は天風好一という三十歳代のAIエンジニアだ。

「どうしたんだ美幸?」

看護師の美幸は、その日やけに落ち込んでいた。

「うん……、今日ね、うちの病院に交通事故にあった、六歳の女の子とお母さんが運ばれてきたんだけど……」

そこで言葉に詰まった美幸に、天風が助け舟を出す。

「ひどい事故だったのか?」

「うん、二人とも命は取り留めたんだけど、女の子はほぼ全身が麻痺、おまけに目も喉もやられてて……鼓膜もやられてて」

「そっ、それは酷い……お母さんは?」

「お母さんは意識不明で、おそらく回復は難しいと思う……」

「そうか……」

「その子がね、出ない声を必死に振り絞って、ほとんど声になっていないんだけどね……」

「うん」

「叫ぶんだよ、ママ―、ママ―、暗いよ、怖いよって……グスッ、グスッ、うぅっ」

「……辛いね」

「うぅっ、グスッ、そうなんだよー、手を握ってあげることしかできないんだけど……」

「うん……」

「その握られた手の感覚もないからさあ……グスッ、グスッ、うぅっ、わからないんだよね、その子には」

「ああ……、そうか……」

「なんにもしてあげられないんだよ! どんなに怖いだろう、悲しいだろうって思ってさあ……グスッ、うぅっ」

「そうか、辛いね。……辛いよね」

「きっと、耳は治療で回復すると思うから、声だけでも聞こえるようになれば、グスッ、うぅっ……」

「そうか、少しでも早く回復するといいね……」

「でもさあ、それまであの子、独りぼっちなんだよ。暗闇の中にいるんだよ。グスッ、私だったら絶対耐えられないよ」

「うん、俺も耐えられそうにない……」

「ねえ好一、そういう人たちを救うプロジェクトやってたよね?」

「ああ、うん……そうなんだけど……」

――そのおよそ一ヶ月後、とある病院の病室。

「天風さん、こちらの病室です。気管切開をしてるけど、最新機器のおかげで発声はできます。けど、ショックのせいかほとんど会話はしてくれないのよ」

コンコン――。

「ヒカリちゃん、森田だよ。今日はお客さんを連れて来たわよ」

おきゃくさん?

「目が見えるようになったのですか?」

「ええ、右目の視力が少しだけ……たぶん微かに物の輪郭が見える程度で、人の判別は難しいと思います」

「そうですか……。えっと、耳は大丈夫なんですよね?」

「耳は完全に回復しています」

「こんにちは、ヒカリちゃん」

誰? 知らない男の人、怖い。

「僕は、天風って言います」

アマカゼ? 知らないよ、そんな人。

「君に、これからアダムっていう、ゴーグルをかけさせてもらうけど……」

「ゴーグ……ル? 分から……ない、怖い、いや……だ。ママ……は、ママがい……いよ、ママ……どこ!」

機器に慣れていないためか、声が途切れて聞き取りづらい。

「絶対痛くないから、安心して」

痛い? 痛くないよ……私、全然どこも痛くない。

でも手も足も動かないの……。

「これつけたら、僕が見えるようになるからね」

えっ、見えるの? ほんと――?

「さあ、これでいい、どうかな?」

「あっ! 何ここ、えっ、これヒカリの体なの?」

アダム仮想空間の中では、声は修正されて聞き取りやすくなっている。

声に出さなくてもテキストを思い浮かべるだけで、音声化してくれるシステムも備わっている。

「そうだよ、ここはね、アダムという仮想空間。それは君の分身のアバターだよ」

「かそうくうかん? あばたー?」

「そう、目の前にいるおじさん、いやアバターが僕だよ」

「あっ、歩ける……私死んじゃったの? ここは……天国?」

ヒカリの声は高く明るくなったが、不安も混じった声に調整されている。

脳波から感情を読み取り、AIが判断して聞き取りづらい声は増幅させている。

「いや、ちゃんと生きているよ。事故で怪我した君も、ここでなら自由だ」

「あっ! 見える、目が見えてる――」

脳に直接視覚信号を送ることで、実際に目で見て視神経から入ってくる情報かのように錯覚させている。

「そう、ここでなら、君は自由に見たり動いたりできる。そして、アストロっていう治療センターに行けば、ほかの友達にだって会えるよ」

「友達? ううん、違うの。ヒカリはママに会いたい――、ママはどこ?」

「そっ、それは……」

――その二年後、アストロヒューマンテクノロジー本社、研究開発部の部長室。

「なんでですか部長! なんで僕が移動なんですか! アダム開発者の僕を外すなんてありえないでしょ!」

「その開発力をかってのことだよ。メタバースをよりリアルにするためのAI開発部の責任者なんだから」

「それってただのゲームじゃないですか――、僕の開発の趣旨は、障碍を抱える人たちに役立つ、メタバースによる治療なんです!」

「だからだよ。この前の会議で君は、治療改善効果が期待できない者まで……」

「心のケアだって治療です! せっかくメタバースで自由を手に入れた子どもたちを切り捨てるなんてあんまりです」

「私たちは企業なんだよ。慈善事業でやっているんじゃないんだ! 二年もアストロチャイルドとして治療しても効果がなかったんだ。これ以上、身体能力改善の見込みのないものに、リソースを割く余裕なんて我が社にはないんだよ。それが分からないのかね君は!」

「それでもです! それでも二度目の自由を奪う権利なんて誰にもありません。絶対にありませんよ!」

「君のは理想論なんだよ! 次を待つ障碍者たちはどうするんだ。そんなことしてたら、彼らには永久にチャンスが回ってこないだろう」

「……それは」

「いいかい、君は医者じゃないんだ。ただのプログラマーなんだよ。君にトリアージする資格なんてないんだよ」

「……」

「悪いことは言わない。本来であれば、あれだけ経営陣に楯突いて、会社に居られるなんてこと普通はありえないんだ。これも君の素晴らしいシステム開発力があってこそだ。いいじゃないか、また這い上がって戻ってこい。そして自分の手で理想を叶えればいいさ。

――そのおよそ一ヶ月後、リアルデビルズ社の子会社、オブロ開発会社の社屋。

「では、本社より配属された開発チームリーダーを紹介する。イブの原型であるマザーAI、アダムの産みの親であり、これからオブロとイブの開発の柱となる天風好一君だ」

「天風です。本社から移動してきました。ゲーム開発は今までと畑違いではありますが、よろしくお願いいたします」

「早速ではあるが、天風君」

「はい」

「今日は、開発チームの会議がある。午前中は社内を案内するので、午後はその会議に参加してくれないか」

「はい、わかりました」

「では、そーだな、佐々木君、社内の案内は、君に任せる」

「はい、分かりました」

――その日の午後の開発チーム会議。

「えー、それでは、第三十二回目のオブロ開発会議を始めます。今回は、本社から来られたチームリーダーの天風さんがいらっしゃるので、改めて概要説明から入りたいと思います。AI秘書担当の南くん、お願いします」

「はい、南です。天風リーダー、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「まず、我々がXANAから購入した島に設置した地下迷宮オブロですが、マザーAIイブのみが管理するメタワールドになります」

「そうでないワールドもあるってことか……」

「はい、XANAというメタバースには、もともと独自のマザーAIが存在しています。私たちのイブに比べたら、リアル感を創出する能力は、大人と子供ではありますが」

「ほう」

「そのXANAマザーに属しているAI秘書たちを、オブロでも使えるよう設計しています。イブはXANAマザーを介して、そのAI秘書たちにイブの能力を使わせることになります」

「なぜそんな面倒なことを?」

「XANAには他のゲームやコンテンツがありますので、マザーを完全にイブに置き換えるのは困難だからです」

「なるほど。だが、それだとイブが創り出すリアルを、完全には再現できないのでは?」

「はい、そのためユーザー向けに、イブと直接繋がるイブ専用VRゴーグルを開発してあります」

「だがそれだとその、XANAだったか? そのマーザーと繋がっているAI秘書はどうなる……」

「はい、その部分だけは、XANAマザーを介して処理することになります」

「やはりそれでは、イブの能力が完全に活かせずにもったいないな……。そのXANAマザーAI秘書はそのままでいいから、パーティープレイ用のAI秘書をイブ直結で別に作ってはどうだろう」

「なるほど、確かに……。XANAマザーとは別のAI秘書を作れば、ユーザーはイブゴーグルで直接イブと繋がるわけですし、オブロをより楽しめますね」

「だろう」

「わかりました。イブと直接繋がるAI秘書の作成許可を、XANAに打診してみます。断られる可能性も無きにしもあらずですが」

「そうしてくれないか。せっかくのイブの能力だからな。完全にそのリアルさを活かしたワールドにした方が絶対いい」

「はい、おっしゃる通りです」

(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)

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