カエデをステルス状態で廃墟に入らせたが、数分で戻ってきた。
「マスター、今なら入り口付近に黒ペンギンいてはりまへん」
「そうか、全員入るぞ、音を立てるな。なるべく声も出すな、返事はアイコンタクトだ」
まだ扉の前だが、全員アイコンタクトで応えた。
全て頭の中の出来事と分かっている。
音声とデジタル通信の違いは、おそらく無いだろうと考える。
それでも念には念を入れた。
「二時方向に、三階建ての廃墟があるんや。その屋上は塀に囲まれてて狙撃には最適どす」
「そうか、ではカエデを先頭に、ヒメミ、忠臣君、ミサキ、マミ、俺の一列縦隊で行く」
カエデがゆっくりと、そして静かに両開き扉の右側だけを開く。
そこにあったのは、まさしく市街戦跡の建物と道路だった。
弾痕のようなものが、コンクリートの壁のあちらこちらにある。
どの建物も扉はなく、壁も所々に穴が空いている。
窓にはガラスはなく、屋根が崩れているものもある。
初めからこういう設定なのかもしれない。
カエデのあとをついていくと、外階段付きの三階建ての廃墟があった。
外階段を上り、屋上に出ると、四方が一メートルほどのコンクリート塀に囲まれていた。
所々に穴が空いているが、それが覗き穴にちょうどいい。
狙撃するには絶好の場所だと思える。
「うん、いい場所だ。ミサキ、ここから狙えるのはいるか?」
ミサキは、狙撃用の望遠スキルスコープを最初から持っている。
「はい、見てみます」
「みんなは見つからないように注意してくれ」
全員が頷き、アイコンタクトをする。
雀のチュンチュンを飛ばせて偵察という手も考えるが、逆に見つかったらまずいことになる。
「マスター、三体狙えますが……二体はお互い認識できる位置にいるので、同時にやらないと気づかれます」
「そうか、ではまず試しに、孤立している一体を狙ってみてくれ。一撃で倒せればいいんだが……」
「ダブルショットというスキルを獲得しています。二本同時に撃つことができます」
「そうか、マナの消費は大丈夫か?」
「マナ消費は、一斉射消費分の二十パーセントです」
「よし、じゃあアタックブーストをかけるから狙ってみてくれ」
「はい。それとホーミングスキルを使ってもいいですか? 外さないと思いますけど念のため」
「そうだな、そのほうがいいだろう。マナ消費も少ないよな?」
「はい。五パーセントほどです」
「なら何も問題ないな。アタックブースト――!」
あらゆる物理攻撃をニ十パーセント増しにする、アタックブーストをミサキに付与した。
「ありがとうございます、マスター」
「目標一時方向、距離およそ二十五メートル、道路上の黒ペンギン、撃ちます」
――ビュン。
立ち上がって矢を放ったミサキは、すぐにしゃがんで身を隠す。
三階屋上からの射撃は、まっすぐ黒ペンギンに向かっていく。
ノッシノッシとペンギンにしてはどでかい身体に、短い足で歩いている。
移動しているとはいえ、鈍足だ。自動追尾も必要ないほど直線のまま命中。
頭部に二本の矢が突き刺さり、黒ペンギンは動きを止めた。
五秒ほどで崩壊し、粉々になり、空中に溶けていった。
――よしっ!
声には出さず、拳を握りしめる。
全員笑顔で同じようにガッツポーズだ。
「一撃とは凄い威力だ。次行こう」
「はい……十時方向にいる二体、もう少し離れてくれれば」
「うーん、なんか奴ら鈍足だよな……攻撃時はロケットみたいになるのか? おびき寄せてみるか」
「マスター、うちが右のやつを左のやつから見えへん位置に誘ってくる」
カエデが、さも簡単そうに言ってきた。
「えっ、どうやって? 見つかったらまずいぞ」
「まあ、見とってください」
「そうか、無理はするなよ」
「はい。ほな行ってくる」
カエデは階段すら使わず、隣の建物に飛び移り、さらに飛び移りしながら、十時方向に向かう。
本当に身軽なやつだ。
二階建ての屋上から、こちらに見えるように、何か四角いものを右手に作リだしアピールした。
なるほど、スキルで小さな土粒壁を作リ出したようだ。
壁というよりサイコロ状の土塊といったほうがいいだろう。
左手で道路のほうを指さす。
どうやら、建物の上から右のペンギンだけに見えるように、それを落下させるようだ。
左のペンギンからは見えない位置だが、音は大丈夫なのかと心配になる。
「マスター、狙いを付けました。カエデに合図してください」
ミサキは既に、弓を引き絞っている。
まだアタックブーストの効果は続いているので効果は同じはずだ。
俺は右手を挙げて、親指を立てる。
カエデはすぐに反応して、土塊をそっと落とした。
道路に当たって砕ける。
右のペンギンにしか見えない位置だが、やはり音がしたのか、左のペンギンも振り返った。
右のペンギンは、カエデが落とした土塊の方へ歩き出す。
建物の影に入り、左のペンギンから見えなくなった。
――ビュン。
ミサキは無言で矢を放ち、すぐ身を隠す。
矢は再び黒ペンギンの頭頂部を捉え、黒ペンギンは塵となって消えた。
左のペンギンがやってくるが、その様子はまだ見えていない。
ほんとに鈍足な奴らで助かる。
数分して、角を曲がり、カエデが落とした土塊のほうにやってきた。
ミサキは、すぐに立ち上がり弓を引き絞る。
数秒で狙いを定め、矢を放つ。
――ビュン。
今度は、黒ペンギンの肩辺りに突き刺さる。
やはり一瞬固まり、塵となって消えた。
ヒットした場所に関係なく効果は同じのようだ。
見事な連携だった。
「マスター、一時方向を見てください」
ヒメミは身をかがめたまま、そばまでやってきた。
最初に倒した黒ペンギンの辺りに、また黒ペンギンがいた。
「今突然現れました、リスポーンしたみたいに」
「えっ……リスポーン!」
すぐ復活するのか……。
「仕留めますかマスター?」
「頼むミサキ」
ミサキが立ち上がり、最初の黒ペンギンを倒したところに発生した、新たな黒ペンギンに狙いを定める。
その時、黒ペンギンがこちらを向いた。
「気づかれたか!」
黒ペンギンは、口を大きく開けた。
――パキュン!
――ビュン。
ミサキが矢を放つより先に何かの発射音がした。
バシッ。
「キャッ!」
ミサキの右肩口に何かが飛んできて当たった。
「ミサキ、どうした!」
「黒ペンギンに撃たれました……大丈夫です」
ミサキのステータスを確認すると、HPが数パーセント減っている。
たいしたダメージは無くてほっとするが、貫通した穴が空いている。
若干遅れて、ミサキのダブルショットが命中し、黒ペンギンは塵になっていた。
ミサキの矢は、先にダメージを受けたため少しぶれたが、自動追尾で修正されて命中した。
「マスター、やはりバスターペンギンだと思います」
ヒメミがミサキの肩口に空いた穴を確認しながら言った。
「そうなのか……」
「はい。相手を倒したあとも再生しません。マミの足と同じようにデータが完全消失しているのだと思います」
「それって、リスポーン出来ないってことだよな?」
「だと思います。HP喪失でしたらリスポーンすると思いますが、このダメージを受けると存在がなくなると思います」
「HPとは別なのか……何発ぐらい食らったらまずいんだろうか?」
「私たちの身体は、マザーのデータ領域が四十パーセント、独自存在領域は六十パーセントです。身体の五十パーセント以上が損失すると、独自の存在は無くなってしまいます。おそらく、この世界に出現しているマスターも同じかと思います」
「それって、……死ぬってことだよな?」
「死ぬという表現が正しいかどうかは分かりません。私たちAI秘書は初期化されます。マスターが初期化された場合……生まれたての状態ではないかと推測します」
「現実世界には戻れるが、記憶を失うってことか!」
「いえ、戻れるかどうかも怪しいです……」
まじか……俺、死ぬってことか。
まずいな、なんでこんなにペンギンが急に出てきたんだ。
「ミサキは今ので、どのぐらい損失したんだ」
「ステータスの下に細いバーがあり、そこにメモリがあります」
「えっと、……四パーセントほど消失しています」
ミサキは自分で確認したようだ。
「ということは……あと十三発受けたら……」
「そういうことになります、おそらくマスターも……なので注意してください」
「分かった……でもマザーにバックアップとか無いのか?」
「有るには有りますが……通信できなくなっています。おそらく初期化された状態で、同時に上書きされてしまうと思います。バグ扱いで処理されたことになりますし」
「――!」
「そら、かなわんなあ……」
カエデが戻ってきた。
「よくやったカエデ、お疲れ」
「マスター、ミサキの矢も回収してきたで」
「おっ! それは素晴らしい、さすがだ」
「えへへへ、マスター、おつむなでとぉくれやす」
「それは後でな」
今はそれどころじゃない……。
「忘れたらあきまへんよ」
「もう、カエデは危機感ないのね。私で我慢しなさい。矢を拾ってきてくれてありがとう」
ミサキが矢を受け取りながら、カエデの頭を撫でる。
「ミサキちゃんに撫でられても、いっこも嬉しない」
カエデが、ちょっとむくれた顔をする。
「ちょっと貴方たち危機感なさすぎよ。分かってるわね! マスターに絶対あの攻撃が当たらないように身を挺してでも守るのよ」
「うちは、分かってますって」
「もちろん私だって!」
「殿の御身は、我が身を捨ててでもお守り致すでござる」
「マミ怖い……」
俺の袖を掴むマミは、震えているようだった。
だが、きっといざとなったらあの時のように、バスターペンギンに立ち向かうのだろう。
きっとこの子は、凄く芯が強いんだろうな。
今も現実社会では、身動き取れないままベッドに横たわっているんだ。
だからこそ、この世界で過ごせる環境を守ってやりたい。
「大丈夫、マミは俺が守るから心配しないで」
「うん、マスター」
マミは、にっこりと安心した笑顔を見せた。
父性愛がまた呼び起こされる。
「ねえマスタぁ、あのね……」
そう言ったきりマミは、ちょっと目を伏せて黙ってしまう。
何か言い出しにくいことがあるようだ。
「なんだ、何でも遠慮せず言いなさい」
「うん、あのね……パパって……呼んでもいい?」
「えっ、パパ……って、おっ、俺を……」
俺の歳でパパって人もいるだろうけど、まだ結婚もしていないのに……パパと呼ばれるなんて、想像もしてなかったな……。
ヒメミとミサキも、ちょっと驚いた顔をしたが、すぐニヤニヤする。
助け船を出す気はないようだ。
「ダメ……?」
「いや……うん……まあ……いいよ……」
「やったぁー! パパ、パパ、パパ――!」
「あっ、はい、うん……」
うろたえる俺を、ヒメミとミサキは楽しそうに見ているだけだ。
「マミ殿、よかったでござるな。血のつながりなど無意味。殿のような父上ができて、幸せでござるな」
「うん!」
「しかし疑問がある。天風って人は、マミのためにやっているんだよな? だったらなんでこんなことに……」
この辺でパパの話は切り上げたかったので、別の話題に切り替える。
「そうですね。何か、想定外の事が起きているのかもしれません」
ヒメミもこの状況と天風の意思に違和感を感じているようだ。
「違うよ……あの黒いペンギンは、マザーのじゃない」
「えっ、マミ、なんで分かる?」
「少し前に、本物のマザーから通信が来たの」
「えっ、本物のマザー? それってイブのことか?」
「うん、マスター、あのね……ここは、偽物のイブが作ったワールドなんだって」
「偽物……どういうことなんだ? よく理解できないよ、マミ、もっと詳しく頼む」
「うーんと、うーんと……」
「……どうした」
「だめ、こっちからは質問できないの。マザーからも来なくなったし、誰かが邪魔してるみたい」
「それが偽物のイブか……」
どうやら、別の何かが介入している可能性があるな……。
「ねえマミ、他に知っていることがあれば、全部マスターに話しなさい」
「えっとー、あのね、天風おじちゃん、五階層にいるみたい。でも、マスターと同じで出られないみたい」
「――その人もXANAからログアウトできないのか!」
「どうやら、どっちにしても五階層まで行く必要がありそうですね、マスター」
「そうだな、ヒメミ……」
しかし、こんなリスクを犯すべきなんだろうか……。
大切なAI秘書たちを失う可能性があるかもしれない。
もしかすると自分の意識、記憶、いや、それどころか実質的に命さえも……。
どうするべきなのか、考えるほど迷いと恐れが生じてくる。
この部屋から出て、もっと仲間を連れてきたほうがいんじゃないのか?
ゆっきーさんたちが外にいるかもしれないぞ――。
でもマミ、いやヒカリちゃんのことを考えれば……もし自分がそんな環境にいるとしたら……。
「殿、二体目と三体目も復活しているでござる」
忠臣君は、壁に空いた数センチほどの穴を見つけて、そこから覗いている。
「そうか。倒したところか、それとも……」
「最初に発見した位置でござる。リスポーンポイントは決まっているようでござるな」
「そういうことだな……しかし、倒しても数分でリスポーンするんじゃ……」
「全員伏せでござる!」
――パキュン!
――パキュン!
忠臣君の声に、全員が塀際に伏せる。
――ボコッ。
――ボコッ。
銃声のような音がして、屋上の塀に弾丸のようなものが当たる。
そうか、これが弾痕を作っているんだ。
とすると、既にここで戦闘があったのかもしれない。
「リスポーンした黒ペンギンは、攻撃者を最初から認識しているようです」
ヒメミが指摘する。
「そういうことか……」
――パキュン!
――パキュン!
――ボコッ。
――ボコッ。
「射撃間隔は十秒ほどですね。マスター、反撃しますか?」
ミサキが聞いてくる。
「いや、ミサキ、それは危険すぎる。最初のやつもリスポーンしたら、三対一の撃ち合いになる」
「はい、マスター」
「マスター、私がおとりになります。ミサキは私の後ろから撃てる?」
ヒメミは自分が盾になる提案をしてきた。
「はい、ヒメミちゃん、曲射にして、自動追尾にすれば一瞬見えるだけで大丈夫です」
いや、それヒメミが危ないだろう。
「いや待て、ヒメミ! あの攻撃は、ミサキの身体を貫通して修復できないんだ。お前だって危ないだろう」
「数発ぐらいで死んだりしませんよ。他に手はないですし」
しかしまだ先は長い、今は数発だってヒメミに受けさせたくはない。
何か他に方法を考えるべきではないだろうか……。
「マスター、うちが近づいてクナイで牽制します。その間にミサキちゃんに撃ってもらえば、より安全です」
なるほど、ステルスで誘導できれば……。
「それいいな……カエデばっかり無理させるけど」
「さっきのにプラス、ムギューで手ぇ打ちますえ」
「わかったよ。いっぱいムギューしてやる」
「よっしゃ!」
それで済むならお安いもんだな。
「カエデ、無理しないでね」
「大丈夫、うち見えへんさかい」
「そろそろ、最初の黒ペンギンが二度目のリスポーンしてもいい頃でござるが……しないでござるな」
「えっ、そうなのか?」
――パキュン!
――ボコッ。
「うわっ」
覗こうとして頭を出したところを狙われた。
「マスター! むやみに頭を出さないでください!」
ヒメミが本気で怒った。
「ごっ、ごめん……」
「ほな行ってくる。十時方向の右側から牽制するさかいね」
「わかった。注意してくれ」
この状況は、撤退を考える暇も与えてくれないらしい。
しかし、一体目はリスポーンしていないとなると、二回で終わりなのか?
いや、まだ分からない、リスポーン間隔がランダムなのかもしれないし。
「カエデ殿が位置についたようでござる。三カウントでクナイを投げるでござる。三、二、一!」
ヒメミが立ち上がり、その後ろにミサキが立ち上がり、弓を引く。
「成功、右の黒ペンギンの注意が、カエデ殿のほうに向いたでござる」
「十時方向、右、ダブルショット!」
――パキュン!
――ビュ。
バコッ。
鈍い音がヒメミの盾で鳴った。
左の黒ペンギンが、口から発射した弾だ。
すぐにミサキはしゃがみ、それを確認してからヒメミもしゃがむ。
カエデが誘導した黒ペンギンは塵になる。
「大丈夫かヒメミ!」
「はいマスター、大丈夫です。盾を貫通しましたが、身体には当たっていません」
見ると、盾の内側から拳銃の弾丸のようなものが飛び出していた。
ギリギリ最後のほうで止まっているだけで、あと少しでヒメミに当たっていたかもしれない。
「カエデ殿が、左の黒ペンギンの牽制に入るでござる。……三、二、一!」
再びヒメミが立ち上がり、その後ろにミサキが立ち上がり、弓を引く。
「十時方向、左、ダブルショット!」
反撃するものはなかった。
黒ペンギンは塵になった。
「上手くいったな。最初のやつリスポーンしないな……一度だけ再生なら助かるんだが……」
「そうですね。でも期待しないほうがいいかもしれません、マスター」
「そうだな。不利な予測をしておくべきだよな」
「上手くいったなぁ」
カエデが戻ってきた。
「お疲れカエデ、見事だったよ」
俺は見えてないけど……。
「そうやろう。それよりマスター、隣の建物に移ったら、五体ぐらいの黒ペンギン狙撃できそうどす」
「そうか。だがその前に、退路を確認したい。すまないが、さっき入ってきた扉が開くか、確認して欲しい」
「分かった。そやけどうちは、偵察に来たとき出られたで」
「うん、分かってる。でも戦闘したあとだからな、ロックされたかもしれない」
「ああ、確かにその可能性あるんやね。さすがマスター」
褒められるようなことじゃない、俺に逃げだしたいという気持ちがあったからだ。
「ほな行ってくる」
すぐにカエデは戻ってきた。
「どうだった?」
「それが……なんかおかしいんどす」
「やはりロックされていたのか?」
「いえ、扉そのものが見つからへんかったどす」
「――!」
(著作:Jiraiya/ 編集:オーブ)