――ズドン!
グギャ――グギャ――。
大砲のような音が響くと、前線を維持していたトロールたちの壁の中央が崩れた。
白ペンギンは、赤ペンギンの後方から見下ろすように大砲を撃ってきた。
一発で数体のトロールが、断末魔とともに消える。
別のモンスターたちも、次々に断末魔とともに塵になっていく。
――ズドン!
赤ペンギンたちと対峙していた前線が、どんどん押されていく。
「キョウカ、あの白いのを先に叩いたほうが良さそうだ」
天風がジライのAI秘書に指示を出した。
「はい。マスター、上空から行きます」
後衛にいた巨大な鳥のモンスター、ロック鳥が飛び立つ。
前線を飛び越えて、白ペンギンに向かう。
バンバンバン、バンバンバン――。
バンバンバン、バンバンバン――。
しかし、赤ペンギンたちの射撃で、白ペンギンに到達する前に撃墜され、次々と塵になってしまう。
「イブ、ヘブンズワールドの切り離しは、まだできないのか?」
「すみません、クローンイブのセキュリティーがさらに深く浸透していて、そちらの対応にリソースをほとんど取られています。あと一工程だけだったのですが、進められません。五分だけでもクローンイブを停止できれば、すぐ完了するのですが……」
「そうか……なんとかしなければならないな」
ロック鳥による白ペンギンへの特攻を何度も試すが、三十数体が塵になった。
上空からの白ペンギンへの攻撃は徒労に終わる。
どんどん押されて、対峙しているモンスターたちの数が減っていく。
赤ペンギンの最前列は、地下第五階層の最終ボス部屋まで、あと二十メートルに迫っていた。
「くそ、ダメか……キョウカ、イズミ、できるだけ時間を稼いでくれ。俺はボス部屋に行く」
「はいマスター、全力を尽くします」
キョウカが応えた。
「はいマスター、ゴーレムを出しますか? 今なら赤ペンギンの背後に出せます」
赤ペンギンたちは、途中の分岐や部屋を無視して、五階層のボス部屋への最短ルートで進んできている。
結果、攻略していない部屋に配置されているモンスターは放置されている。
「それで、赤ペンギンを背後から挟撃できるのだな?」
「はい。それは間違いないです」
「分かった。そうしてくれ、多少の時間稼ぎになるかもしれない」
「はい、マスター」
《オブロ地下第五階層ボス部屋》
ボス部屋では、再び四体のサイクロプスが出現していた。
――またか、こいつらが湧くと厄介なんだよな……。
これはボスを倒すまで、定期的に現れるのか……。
ということは、倒さずに眠らせておいたほうがいいのか?
「燕返し――」
四体のうち、後方の十一時方向から来た一体を、忠臣君が燕返しで倒した。
「スリープ!」
二時方向から来た一体には、マミがスリープをかけて眠らせる。
「マミ、魅了は正気に戻るのが早いから、その時はスリープを頼む」
「はい、パパ」
「忠臣君は、スタミナ回復優先――」
「御意」
残ったサイクロプスの二体は、八岐大蛇の範囲攻撃内にいる。
うまくすれば、範囲攻撃で削ってくれる可能性がありそうだ。
十メートル以内にいなければ、ブレスも届かない。
今のうちにスタミナとマナを回復して、一気に蛇首を落としたい。
ただ、八岐大蛇が他の攻撃方法を持っていなければいいのだが……。
「スリープ!」
魅了が切れたサイクロプスを、マミがすかさず眠らせた。
やはり魅了の効果時間は短い。
「よいたろうさん」
「うわっ!」
突然、天風が声とともに現れて驚いた。
「すみません、驚かせてしまって」
そうか、扉をすり抜けられるって言っていたよな。
「いっ、いえ、大丈夫です」
「すみませんが、もう持ち堪えられそうにありません」
そう言った天風の顔は、とても悔しそうだった。
「赤ペンギンが、この部屋に来るってことですか?」
「はい。白ペンギンもいます。おそらく網代が操る特殊なバグバスターです。このままでは、持って十数分です」
「十数分……ボスを倒すには足りないですね」
「もう、諦めましょう」
「――えっ、そんな! それじゃ子供たちは……?」
「よいたろうさんを危険にさらすわけにはいきません。子供たちのことは、また別の方法を考えます」
「他に方法があるのですか……」
「いえ。ただ、ヘブンズワールドの存在と位置を特定されたとしても、すぐには侵入も破壊もできません。他の方法を練る余裕はあります」
「でも、ここで諦めるのは……なんとかギリギリまで粘りませんか」
「しかし……」
「――マミ、カエデ、忠臣君、壁際を通って、八岐大蛇の裏側に回るぞ」
「はい、パパ」
「了解です、マスター」
「御意」
全員、壁際を通って、八岐大蛇の背後まで回り込んだ。
背後といっても、当然、八岐大蛇も向きを変えてくるので、正面であることに変わりはない。
サイクロプスが、いつ正気に戻るか分からないので、距離をとって八岐大蛇を攻撃するためだ。
「よいたろうさん、赤ペンギンたちが来たら、こちらに逃げてください」
見ると、すぐそばの床に、地下に繋がる階段ができていた。
「ここは――?」
「子供たちの遊び部屋でした。ヘブンズワールドの入り口も、ここにありました」
「あった?」
「もう閉じたので、誰も入れません、破壊しなければですが」
「ここは……安全なのですか?」
「出入り口が、この部屋の床に自由に設定できるだけです。場所が見つかれば……破壊して入れます」
「マスター、範囲攻撃来ます! 魔防陣――!」
全員がマミの魔防陣の範囲に入ったことを確認し、魔防陣を張る。
床が扇形に赤くなった。
サイクロプスに当たらない範囲攻撃を選択したのか、無駄に子分を犠牲にするわけではないらしい。
ゴォー!
火柱が上がった。
天風は、マミの魔防陣の外にいたが、ダメージは受けていない。
そうか、オブロの現在の管理者だからか。
「カエデ行けるか?」
「一回だけならいけますえ」
カエデは、まだ一回分の風遁カマイタチを使えるマナしか溜まっていない。
「忠臣君はどうだ?」
「殿、拙者も一度だけ行けるでござる」
「よし、マミが左の蛇首二体をスリープ、忠臣君がそのどちらか一体を仕留めてくれ」
「はい、パパ」
「御意」
「俺が右の蛇首二体を魅了する、カエデはその一体を仕留めてくれ」
「了解どす」
「よし、ゴー!」
マミが、八岐大蛇の左の蛇首二体に狙いを定める。
「スリープ、スリープ――」
連続してスキルを発動すると、二体の蛇首が目を閉じた。
「魅了、魅了――」
両方とも効果が発動し、右の二体の蛇首が正気を失い目がうつろになった。
忠臣君とカエデが左右にダッシュする。
その時、反対側でスリープにかかっていたサイクロプスが目を覚ました。
「まずい、カエデ逃げろ――!」
目を覚ましたサイクロプスはすぐ振り返り、カエデに向かってきた。
カエデは急停止して、床を滑って止まった。
ブォー。
魅了が解けた蛇首の一体が、カエデめがけて火炎放射を放った。
「キャッ、あちっ――!」
カエデは全身に炎を浴びてしまった。
「カエデ、サイ――」
ガツン!
立ち尽くしてしまったカエデに、サイクロプスの棍棒が振り下ろされる。
――バシッ。
運良く俺のほうに吹っ飛んできたカエデを受け止めた。
「スリープ!」
突っ込んできたサイクロプスを、マミがすかさず眠らせた。
それを確認した忠臣君は、俊歩で蛇首を射程に捕らえる。
「燕返し――」
ドサッ――。
スリープ状態の蛇首を忠臣君が斬撃で切り落とした。
「よし、二人ともナイス! いけるぞ」
残りの蛇首は三体になった。
「カエデ、大丈夫か?」
俺に抱きかかえられたカエデは、俺の顔を見上げて、にんまりした。
「あきまへ~ん、マスター」
弱々しい甘えた声を出した。
「お前なあ……こんな時に」
だが、カエデはカウンター気味に受けたブレスと棍棒の打撃で、四十パーセント超えの大ダメージを受けていた。
「マミ、カエデの回復を」
「はい。ヒール!」
「おおきに、マミっち」
――バンバンバンバン。
入り口の扉に、何かが激しく当たった音がした。
「なんだ!」
よく見ると、いくつか貫通して穴が空いている。
「赤ペンギンたちです! 逃げましょう!」
天風が地下の入り口を指し示した。
――ズドン!
ボン!
砲声が響くともに扉に大穴が空き、右側の扉が吹き飛び、ジライの二体のAIたちもボス部屋に吹き飛ばされてきた。
その衝撃で、扉側でスリープ状態だったサイクロプスが目を覚ます。
二十体ほどの赤ペンギンたちが、吹き飛んだ扉の入り口から行進してきた。
「マスター、すみません。限界でした」
ジライのAI秘書イズミが、ふらふらと立ち上がった。
「わかっている。これまでよくやってくれた」
天風が、ねぎらいの言葉をかける。
キョウカのほうは、九時方向の壁に激突して、そのまま倒れている。
バンバンバン、バンバンバン――。
バンバンバン、バンバンバン――。
サイクロプスが、赤ペンギンたちに突撃したが、一斉射撃を受けて塵となった。
更に十体の赤ペンギンと、大きな白ペンギンが入ってきた。
「網代! お前ホワイトハッカー網代だろう?」
天風が白ペンギンに向けて怒鳴った。
「そうか……天風か? 天才AI開発者の天風好一?」
「そうだ。天風だ。お前の勝ちだ。オブロの管理権はお前のものだ。だが、プレイヤーには関係ない。攻撃はするな」
「こいつは愉快だ! あの天才天風に勝利したぞ。俺の報酬レートも爆上げだぜ!」
「それはよかったな。好きにするがいい、邪魔はしない」
「それはありがたい。じゃあ、全員消えてもらうとしよう」
「なに! そんなことして何になる……」
「何になるだって? お前はアホか? 知りすぎた奴を見逃がすわけがないだろう。少なくとも廃人になってもらわないとな」
「貴様、殺人犯にでもなりたいのか!」
「俺が殺人犯? 全てお前に背負ってもらうに決まっているだろう! 世間じゃ、お前が首謀者ってことになるさ」
「俺は……俺はそれでも構わない」
「ほう、まさに英雄だな。」
俺は、パーティー内にだけ伝わるように、パーティーチャットに切り替える。
『みんな、回復に努めてくれ。最後の一撃を取れば、ボスを倒したことになる。チャンスを待て』
「パパ、範囲攻撃来ます、魔防陣――」
マミの声と同時に、床が赤くなった。
ゴォー!
八岐大蛇の中心から十メートル外に、火柱が上がった。
魔防陣内のメンバーはダメージを受けない。
赤ペンギンたちは、四十パーセントから六十パーセントのダメージを受けている。
ここへ来るまでに受けたダメージも含まれているだろうが、こいつら防御力は弱そうだ。
ホワイトペンギンも二十パーセントほどHPが減っている。
バクバスターペンギンといっても、無敵ではないことは確かだ。
「くそっ、無駄なダメージを! 話はもういい、バグ排除開始!」
バンバンバン、バンバンバン――。
バンバンバン、バンバンバン――。
赤ペンギンたちが射撃を開始した。
サイクロプスを塵に変え、さらに八岐大蛇に標的を向ける。
バンバンバン、バンバンバン――。
バンバンバン、バンバンバン――。
八岐大蛇の蛇首の一体が倒れた。
残りの蛇首は二体になり、ボスのHPは、残り四十パーセントになっていた。
グギャギャギャ――!
突然、雄叫びを上げた八岐大蛇が立ち上がり、動きだした。
こいつ動けたのか!
しかも、デカい割に動きは素早い。
赤ペンギンたちに突進しながら、残った二体の蛇首からブレスを吹き出した。
ブォー!
ブォー!
最前列にいた二体の赤ペンギンが、ダメージを受けて塵となって消えた。
――ズドン!
白ペンギンの網代が大砲を放った。
蛇首の一体が根元から吹っ飛んだ。
『カエデ、忠臣君、蛇首が全部落ちたら、本体のHPは二十パーセントを切るはずだ。そこを狙え』
パーティーチャットで伝えると、二人が頷いた。
バンバンバン、バンバンバン――。
バンバンバン、バンバンバン――。
「あっ、当たってもうた」
赤ペンギンが八岐大蛇に放った流れ弾が、カエデに当たった。
カエデのデータ損傷率を確認すると、三十パーセントを超えていた。
「カエデ、無理はするなよ。損傷率には注意してくれ、お前まで失いたくない」
「わかってますで、マスター」
「パパ、範囲攻撃来ます!」
床が赤くなったが、赤ペンギンたちを狙った扇形の範囲だけだった。
ゴォー!
さらに、最後の蛇首がブレスを吐く。
ブォー!
赤ペンギンたちが十体以上消えた。
残った赤ペンギンが五体だけになった。
――ズドン!
白ペンギンの網代が大砲を放ち、最後の蛇首を吹っ飛ばした。
「今だ!」
八岐大蛇のHPが十パーセント切った、最後の一撃をこちらが取れば勝ちだ。
カエデと忠臣君が突撃する。
バンバンバン、バンバンバン――。
赤ペンギンたちも八岐大蛇を攻撃する。
「風遁カマイタチ――」
バンバンバン、バンバンバン――。
「燕返し――」
――パンパカパーン!
オブロ攻略のファンファーレが鳴り響いた。
「おめでとうございます! プレイヤーが地下迷宮オブロを攻略しました」
――パンパカパーン!
『これにより、管理者がジライさんから……』
《オブロ開発会社の第二研究棟》
リアムンさん率いる第二班は、エレベーターで三階に到着した。
エレベーターのドアの両端に隠れて、ドアが開くのを待つ。
――ピン、ピンピン!
「うわっ、当たったシメジ――!」
ドアが半分ぐらい開いたところで、デジタル弾丸が飛んできた。
カチャカチャカチャ。
マッシュルームさんが反撃する。
「待ち伏せされてたマッシュ」
ピン、ピンピン!
カチャカチャカチャ。
「この銃、発射音付けて欲しかったなあ、なんか撃った気がしないんだよね」
手だけ出して反撃したリアムンさんは、射撃音がないことに不満そうだ。
「まだ、テスト段階のAR銃ですから仕方ないシメジ」
「あっ! 閉まっちゃうマッシュ」
エレベーターのドアが自動で閉まりかけたので、マッシュルームさんが開くボタンを押した。
「このままじゃ出られないね……また私が盾になるか」
「あっ、隊長、どうせ撃たれてるので、今度は私が盾になるシメジ」
リアムンさんが、エレベーターから出ようとしたのをトリシメジさんが引き留めた。
「そう、じゃあトリシメたんお願い。骨は拾うから安心してね」
「隊長、それは違うシメジ」
「あっ、そうか! シメジに骨はなかったよね」
「……マッシュ」
「……じゃあ行くシメジ、三、二、一!」
二人は聞かなかったふりをした。
トリシメジさんがエレベーターから飛び出した。
――ピン!
――ピン!
カチャカチャカチャ。
カチャカチャカチャ。
「おっしゃー!」
「マッシュー!」
リアムンさんと、マッシュルームさんが雄叫びを上げる。
迷彩服姿のプレイヤーらしき二人の敵が消滅した。
「私たち無敵じゃん!」
「まあ、相手は身体に二発ぐらい当たれば死亡ですから、こっちが断然有利マッシュ」
「……」
トリシメジさんが無言で肩を落とした。
「どうしたのトリシメたん?」
「撃たれたシメジ……」
「三分待てばいいだけでしょ? 骨ないし」
リアムンさんは、骨にこだわりたいらしい。
「……ごめんシメジ」
トリシメジさんが凄く申し訳なさそうにうなだれた。
「えっ?」
リアムンさんは状況が分からなかった。
「まさかARゴーグルに当たったマッシュ?」
マッシュルームさんは、トリシメジさんの落ちこみざまから察した。
「当たっちゃったシメジ……」
「ありゃりゃりゃー、トリシメたん、死亡だね」
ARゴーグルに当たり判定が出ると、ここでは永久にARゴーグルとAR銃が使えなくなる。
「ARゴーグルの当たり判定が出ると、アプリとの連動も切れるから弾除け役もできないシメジ」
つまり、もう敵も見えず、戦力外ということだ。
「まあ、そういうこともありマッシュ。運が悪かったマッシュね」
マッシュルームさんが、トリシメジさんの肩を叩いて慰める。
「一応、本部に報告するね」
リアムンさんが優しい声で言った。
「……ごめんシメジ」
――ジッ。
『こちら第二班、本部どうぞ。リアムンだよー。エレベータで三階到着。ホールでプレイヤーらしき敵と交戦。トリシメたん死亡――どうぞ』
――ジッ。
『こちら本部、ベンガです。えっと、トリシメジさん死亡って、ARグラス撃たれた? 戦力外ってことかな?』
――ジッ。
『そうとも言う。骨、じゃなかった。シメジは拾っとく』
――ジッ。
『えっ、骨? なに?』
――ジッ。
『えっと、じゃあ、ルドさんに援軍に行ってもらうよ。さっきリヨウさんが、新兵器持ってきてくれたから、ついでに届けるね』
――ジッ。
『なに、新兵器! それ、かっこいい射撃音とかするやつ? わくわく、わくわく』
――ジッ。
『いや、音は知らんけど、威力はありそうだよ』
――ジッ。
『そうなの? 楽しみ! らじゃ――!』
――ジッ。
『こちら第一班、オーブン、応援要請です。二階のオフィスに突入。五人の敵がいて、身動き取れません。』
――ジッ。
『こちら本部、ベンガ。ではそちらにも新兵器と……ジャッキーさんとリヨウさんに援軍に行ってもらいます』
――ジッ。
『こちら第一班、オーブン。了解です、お願いします。』
《これより少し前のオブロ開発会社の第二研究棟最上階》
「チーフ、ランキング十番台ですが、新たにプレイヤー六人が参加しました。四階に三人、三階に二人出します」
網代の部下が報告した。
「俺は、これからボス部屋に突入する。ここの防衛は任せる」
網代は、イブゴーグルを付けて白ペンギンを操っているので、第二研究棟の様子は把握できてはいない。
「はい」
(著作:Jiraiya/ 編集:オーブ)