お気に入りのスケボーに乗って、パッションソルトのオムライス店に着いた。
店員AIのミルちゃんに、スペシャルオムライスを注文する。
スペシャルは、通常のオム(ライス)よりも五割増しの価格だが、スタミナアップだけでなく、スケボーのスピードアップにもなるのでお得だ。
「ミルちゃん、今日は店長、いや、オーナーのソルトさんと会った?」
「いえ、会っていませんよ」
顔馴染みなので、ミルちゃんは愛想よく答える。
「というかですね、オーナーとなぜか通信できなくて、困っているんですよ」
「あっ、やっぱり、そうなんだ!」
「よいたろうさんもですか?」
「そうなんだよ、秘書たちと通信できなくてさ、そしたら彼女たち、直接俺のところまで来たよ」
「そうなんですね、私、店番があるからオーナー探しに行けなくて困っているんですよ」
「そうだよねー」
「と言ってもですね、今日のお客様、よいたろうさんだけなんですけれど」
確かに、ワンブロックだけだがAI以外のアバターには、まだ出くわしていない。
「イッタイゼンタイ、どうなっちゃってるんでしょうか……」
「うん、バグでも起きているのかもしれないね」
もっと深刻なことになっていそうだが、ここでこの娘を不安にさせることもないだろう……って、AIが不安になるのかな?
「もし、うちのオーナーをみつけたら、心配だから、会いに来てほしいと伝えてくれませんか?」
「もちろんだよ。伝えておく、ミルちゃんが寂しがってたってね」
「うふ、ありがとうございます、よいたろうさん」
「いえいえ、きっとソルトさん、可愛いミルちゃんが、寂しがってるって言えば、大盛オム食べてすっ飛んでくるさ」
「あら、私に可愛いだなんて、チクっちゃいますよ。ヒメミさんに……」
「いや、それは勘弁して」
「はい、お待たせしました」
オムライスを受け取ると「シャキン!」と課金され、ポップアップが三秒表示された。
「おっ、ありがとう」
いつもだったら、ワンクリックで腹に収まるんだが、どうもその手のパネルはないらしい。
実際に口から食べるしかないみたいだ……。
スプーンですくい口にいれる。
えっ!? やばい、これうまい!
味覚までリアルになっているのか……どうやって脳をだましているんだ?
やばいな、本当にうまいぞ。
あまりにうまかったので、店先にあるテーブル席に座り、じっくりと味わうことにした。
せっかくだから、オレンジジュースも注文する。
ヒットポイントが一時間ほど、二十パーセント上昇するブースタージュースだ。
その時間の感覚自体が怪しいが、数分で完食した。
――ビクッ!
時計を見たいなと思ったら、ポップアップした。
どうも、この自動思考読み取りは便利だが、視界に突然パネルが現れるので驚く。
こいつは慣れるまで大変だ。
時間はもう十時を過ぎていて、親切なことに、今日の天気は晴れ時々曇りと表示されている。
最近は天候や季節まで再現されるようになっているし……。
陽の高さまで再現されている。
待てよ、食感があるってことは……。
これってもしかして、空腹感とか満腹感とかも出るのか?
と考えて、急に不安になってきたことがある。
もし自分の体が現実の世界でずっと寝ているとしたら……水も飲まず過ごしていることになる。
三日もしたら、脱水症状で死んでしまうかもしれない。
なんかそんなラノベあったよな……メタバースみたいな世界に入ってしまい、出られなくなって、点滴で生かされたやつ……。
もしかしてそれか……。
「マスター?」
「――えっ?」
突然背後から声をかけられて振り返った。
マミが立っていた。
「あれ、マミは行かなかったの?」
「うん、やっぱり一人だと寂しいから、戻ってきた。マスターと一緒がいいの」
萌え萌え……。
あー、ほんと可愛い。
やばいなこの娘。
いや、俺は決してロリコンじゃないぞ。
何度も言うが、父性が芽生えただけだ。
ちょうど小学生低学年ぐらいの身長で、容姿もそうだし、立ち振る舞いもそんな感じだ。
第三世代AIは、どうもそういう設定が多いらしい。
いや、多いと言っても、第三世代AIの五割にも満たないようだが。
知能だけでなく、体も成長していくということで、かなり高度に作られているらしい。
まだ試験運用中とかで、今のところ所持できるのは、初期勢の特権を示すαパス持ちだけだ。
「わかった、じゃあ一緒に行こう」
「――うん!」
満面の笑みがまたかわゆす。
「そういえば、ブーストアイテムは購入したの?」
「ううん、まだ」
「そっか、じゃあ、買ってから行こう。なにがいい?」
「おはぎ!」
「おはぎか、じゃあツーブロック先に、おはぎ屋さんがあるから寄って行こう」
おはぎ屋さんも、同じくXANA初期ギルド、ユニオン仲間のボタモチさんが出しているチェーン店だ。
そこへ向けて、スケボーを走らせようとしたが……。
マミを走らせても、ブーストしたスケボーにはついて来れないよな。
二人で乗れるわけないし……そうだ、おぶって乗れるのか?
やってみるか……リアルでは不可能なことも、メタバースならできるかもしれない。
「マミ、オンブしてあげるからおいで……」
「えっ、ほんと――!」
マミは腰をかがめた俺の背中に跳びつき、肩にしがみついた。
おっ、質量は感じるが、ものすごく軽い……これなら余裕だ。
なんか都合よくできているらしい。
そもそもアバターに質量なんてないはずだが、そこそこの重さは設定されているようだ。
「じゃあ、行くぞー!」
「うん!」
おはぎ屋さんにつくと、やはり顔なじみの店員AIがいた。
ボタモチさんは、他にもムーブトゥーアーンのメタバースジムを経営している。
鍛えることで稼ぐというタイプのゲームファイだ。
詳しく意味を知りたければ、ググってくれ。
「いらっしゃいませ、よいたろうさん」
「こんにちは、おはぎワンパック、いやツーパック下さい」
「はい、かしこまりました」
俺は六個入りパックのおはぎを二つ注文した。
おはぎの大きさは、卵よりも少し小さいくらいの一口サイズなので、十二個と言ってもたいした量ではない。
「今日って、ボタモチさんと連絡できてる?」
「いいえ、今日は社長どころか、他のAIたちとも通信ができなくて困っているんです」
「やはりそうなんだね。じゃあ、どこに居るかわからないよね?」
「そうですね、今はどこにいるのか分からないんですが、昨晩十時頃、ギルドの緊急集会があるから出かけるって言ってました」
「えっ、緊急集会!?」
「はい、なんだか、どんどん強制ログアウトされている人が出て、サポートにも連絡つかないとか……」
「やばっ、俺昨日の夜、寝落ちしてたから、その時ギルドから連絡あったのかも……」
「そうなんですね、多分そうだと思います」
「ありがとう、ギルド本部に行ってみるよ」
おはぎのパックを受け取って背を向けた。
「はい。なにか異常事態が起きているかもしれませんので、お気をつけくださいね」
「分かった。ありがとう」
おはぎをマミに二つ食べさせた。
「おいひぃーマヒター、あひぃがとう」
マミは美味しそうに、頬張った。
再びマミを背負い、スケボーをとばす。
ブーストのおかげで、倍速になっているのを肌で感じる。
――肌感!
そうか、空気もないのに、風を肌で感じ取れている。
いつからこんな仕様になったんだ!
こいつは凄いな……爽快にスケボーを走らせる。
一蹴りでワンブロックは進む感じだから、おおよそ五十メートルはいける感じだ。
ギルド本部まで、おおよそツーブロックを切ったところで、マミが俺の肩を強く掴んだ。
「止まってマスター! 止まって止まって――!」
(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)