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黎明

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 翌日は休みだったので、慎吾は普段よりも遅い時間に起床し、ゆったりと朝食を食べていた。

 その時、携帯に通知が入った。ユリからの着信だ。『XANA』内にいなくても保有するパートナーとこうしてやり取りは出来る。

『マスターに来客です。いかがいたしましょうか?』

「名前と用件は?」

『アバター名はnoname、用件は「SAMURAI」での勝負を希望しています』

 慎吾はふざけた名前だと思いながらも断る理由はなかった。

 こういうことは時折ある。最近は強者として有名なので猶更だ。

「分かった、すぐ行くと伝えてくれ」

『かしこまりました』

 慎吾は食事の片付けも後回しにして、メタバース用のチェアに座ってHMDを装着した。

『XANA』を起動すると、瞬く間に暗闇が溢れんばかりの色彩で満たされた。

 それは次第に見覚えのある光景を形作っていく。慎吾の保有する部屋だ。

 そこにはユリともう一人、別のアバターが立っていた。

 人型ではあるが、とても人には見えない。メタリックな姿をしており、目や口も人間を模した物でしかなく、まるでロボットのようだ。

「待たせたな」

「……問題ない」

 nonameは重々しく呟いた。雰囲気から察するに男性だろう。

「それじゃ早速勝負と行こうか。エリアはどこでもいいか?」

 勝負するエリアによっては地形や障害物の有無などに違いがある。

「ああ。ただ一つ、頼みがある。観戦はなしにして欲しい」

 慎吾は特に疑問は覚えず、設定のウインドウを開いた。そういうプレイヤーもいる。

「了解した」

 観戦は無効にし適当にエリアを選択して、目の前のnonameに勝負の申請を送った。

「…………」

 nonameが手を動かす。途端に視界が変遷した。

 広々とした平原だ。地形は平坦で障害物もないので、お互いの腕前が試される。

『いざ尋常に──勝負!』

 慎吾は勝負開始と同時に真っ向から飛び込んだ。

 初めて戦う相手だ。お手並み拝見といこう。

 反撃されることも考慮して浅く斬りかかる。nonameの動きに注視していた。ゆらりと動いたかと思えば、その姿が消える。

「……っ!?」

 慎吾は咄嗟に刀を振り上げた。それはもはや直感的な動作だった。

 ガキンと弾く音がする。遅れて目がそちらに向くと、そこには上下を反転した姿でnonameが跳んでおり、背中側に着地しようとしていた。

 その動作は昨夜、慎吾がJokerに対して行ったことと同じだった。少なくとも、これまで他に同じような動きをするアバターを見たことはない。

 慎吾はすぐさま反転しながらバックステップして、着地したnonameと距離を取った。

 自分と同等、いや、もしかすればそれ以上の相手。生半可な気持ちでは敗北する。

 そう理解した慎吾は集中を研ぎ澄ます。今度はnonameの側から仕掛けてきた。

 nonameは流麗に刀を振るう。それは恐ろしく速く、防ぐので精一杯だ。相手のアバターが閃光のように見えた。掠めた刃によって慎吾の体力ゲージが少しずつ削られていく。

「っ……!」

 慎吾は内心で驚愕する。脳波で操るアバターでこれほどの動きが可能なのか、と。

 けれど、それは彼にとって天啓でもあった。まだまだ高みがあると知れたのだから。

「はああぁぁっ!」

 慎吾はnonameと激しい剣戟を生じさせる。

 少しずつだが、防ぐだけでなく、反撃をし始めていた。

 視界から余計な景色が消えていく。必要なのはnonameの姿と動きだけだ。

 未だかつてないくらいに集中していた。脳で念じた動作がアバターへと一切の間断なくダイレクトに出力されている感覚がある。現実の自分の身体よりも自分の身体であるような感覚さえあった。

 もっと、もっと速く。そう念じる度に慎吾の動きは加速していく。

 気づけば、nonameが守勢に回っており、慎吾の刀が少しずつ相手の身を切り裂いていく。体力ゲージが徐々に減少していた。

「ああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 そうして遂に、慎吾の振るった刀がnonameの胴体へと直撃する。それは相手の残った体力ゲージを削り切り、この戦いの勝敗をつけた。

『勝者、SHINGO』

 勝負が終わったことで自動的に慎吾の保有する部屋へと戻ってきた。

 慎吾は無我夢中だったので、なかなか結果を信じられずにいた。自分の心臓が高鳴る音だけが聞こえている。興奮が収まらずに渦巻いたままだった。

 nonameも少しの間無言だったが、やがて口を開いた。

「またすぐに会うことになるだろう」

 そう言い残して姿を消した。

 慎吾は疑問に思いながらも、疲弊したので一度『XANA』を終了する。

「……う、くっ!?」

 HMDを外した途端、これまでよりも遥かに大きな離人症状が襲い掛かってきた。

 自然と床に倒れてしまい、自分の身体がどこにあるか分からず彷徨うような、得体の知れない感覚に藻掻き苦しむ。

 未だかつてない程にアバターと同調してしまったのが原因かもしれない。

 そんなことを薄ぼんやりと考えながら波が徐々に引いていくのを感じていたところ、突然、玄関の扉が開く音がした。鍵が掛かっているはずなのに。

 慎吾が何とかそちらに視線を向けると、不気味な黒服の男が姿を見せた。それも一人ではなく、何人も。

「な、何だ、お前達は……ぐぁっ!?」

 男の一人が小さなスプレーのようなもので霧状になった液体を顔に浴びせてきた。

 すると、瞬く間に意識が遠のき始め、一切の抵抗が出来ないまま闇の中へと落ちていった。

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