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帰るべき場所

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ソフィア:ワークモード起動。管理人No.3709 XANA共通時間 AM10:00 より、肉体へ意識が移行します。安全な場所にて、待機してください。移行まで残り5分です。

私は、部屋のロックを確認し、椅子に座った。
ソフィアはよく通る声で続ける。

ソフィア:残り3分です。

毎日のことだが、意識移行前のこの時間をどうにも持て余してしまう。考えなくても良いことを考えてしまう前に、頭の体操がてら、この世界の始まりから現在までを、頭に描くことで毎日時間を潰している。

昨日は20XX年で終わっていたから、今日はその続きからだ。

人口の爆発により、世界に人間が動き回れる土地が無くなった時代。
研究者達は、肉体を小さな箱に収め現実世界へ置き、意識のみ仮想空間へ送ることを考え出した。

幸い、技術の進歩により、実現は容易だった。
個人の空間など持てなかった人々にとって、仮想空間の無限の広さは、何よりの宝だったという。
生活の基盤は次々に仮想空間へ移され、資産の電子化、企業の仮想空間への移行、見た目が容易く変えられる世界での個人の識別方法の確立…全てが仮想空間へと移され、現実世界は肉体の倉庫となった。

人々は、新しい世界に名前を付けた。
『XANA』
今、私が生きる世界。

ソフィア:肉体への意識の移行が完了しました。健康状態の診断を開始します。横になったまま、動かないでください。

ピピっという機械音と共に、わずかな振動が体に伝わる。もう慣れたが、最初の頃は怖くて仕方なかった感覚だ。

ソフィア:診断完了、異常ありません。ゆっくりと起き上がってください。

私は、ゆっくりと体を起こし、縮こまっていた背を思い切り伸ばした。
2日ぶりに動かす体は、節々がパキパキと鳴って、気持ちの良いものではない。

更衣室に向かい、服を着る。服を着るという動作も、
最初はよく分からず、腕と首がトンチンカンな方向から出たりしていた。もうそんな事はしないが、布が体にまとわりつく感覚だけは、未だに不快だった。

ソフィア:本日の業務は、Gコンテナ 第4区画 134名の基礎業務です。XANA共通時間 PM2:00に、TコンテナよりGコンテナへ、2名の移動を予定しています。

了解。ノーマルモードへ戻して、引き続き業務のサポートをお願い。

そうソフィアに返すと、目元がフッと緩む。

ソフィア:オッケー!今日も君が働く間もないくらい、サポート頑張っちゃうよー!

生まれた時から隣にいたソフィアに、形式張った言葉遣いをされると、仲が悪くなったように思えて、毎回のことながら不安になる。AIにそんな事を思うなんて、と先輩に揶揄われたが、20歳で初めてAIを持った先輩とは、感じ方が同じ訳がない。
なにはともあれ、ワークモードからノーマルモードに戻った時のソフィアの笑顔に、今日も胸を撫で下ろした。

私の勤務先は『LIV』
現実世界の肉体保管庫だ。

真っ白い廊下と、天井にはG-4、つまりGコンテナ第四区画であることが示されている。左右の壁には、一辺が60cmの正方形が碁盤目状に並んでいる。
正方形は、縦60cm、横60cm、奥行き200cmの直方体の一面であり、中には私の業務が詰まっている。

次、Gコンテナ 第四区画 ボックス0007

私の声で、声紋認証を行ったボックスの一つがプシュッと音を立てて通路に出てくる。
ボックスの中の肉体へ視線を落とす。

ソフィア:78歳、男、特筆なし

ソフィアに首を縦に振って返し、業務を開始する。


肉体の健康診断、XANAとのリンクを確認する。その後肉体を一度出し、ボックス内の機器の整備をし、肉体を戻す。

業務はその繰り返し…のはずだった。
目の前のビジョンに、診断結果が赤く表示される。

うわ…

ソフィア:癌だね。オペ室3にBOX移動させておくね。このペースだと、手術は明日かな。クリス先輩にも時間空けてもらうようにするね。

そう…だねぇ…

肉体の中身は、何度見ても慣れない。
手術のほとんどは機械が行うとはいえ、万が一があった時の責任は全部私に降りかかってくるから、見ないわけにもいかない。実際、10%という低くはない確率で、私が直接手術することがある。

ソフィア:あたしも手伝うし、頑張ろ!それに今日じゃないし!明日まで心の準備出来てラッキーなくらいじゃない?

まあ、そう考えると…そうかな?

ソフィアの前向きな言葉には、何度助けられたか分からない。手術中も的確にサポートしてくれるから、技術的な心配をしたことは一度も無い。

業務が半分終わると、食事休憩を挟むこととなっている。半分なんて曖昧な基準だが、そこはAIが客観的に判断してタイミングを教えてくれる。私はGコンテナの休憩室で、食事休憩をとっていた。すると、後ろから飽きるくらい聞いた声が聞こえる。

クリス:おっ、優等生!仕事早くなったなぁ!ついに俺を追い越したか!

私の指導を担当している先輩だ。
3年間は、必ず先輩の指導が付く。私は2年目ながら、クリス先輩の高すぎる指導力で、ほとんど仕事を1人でこなせるまでになっていた。

しかし、先輩のご指導のおかげで…、なんて言っても、お前の覚えがいいからだ、と全く鼻に掛けない。私もこんな先輩になろう…と思っていた時期もあった。

クリス先輩は、今まで何を…?

クリス:優等生のし・ど・う。いやー、自分の仕事も並行してなんて、大変だなぁ

わざとらしい棒読みに、私は乾いた笑いで返した。

クリス先輩が教えるのが上手いのは、単に自分がサボりたいからだった。指導員は、後輩のフォローに回ることを考慮し、仕事量が軽減される。そこで、一年で後輩を仕上げ、残り二年を少ない仕事量でゆっくり過ごそうという魂胆だ。

後輩としては、教わることはきちんと教わっているため、何も言えない。
仕事量を調整するAIも騙すほど、気合を入れてサボっている。ある意味では、とても頭が良い。

明日の手術の指導をお願いしつつ、パサパサした人工食糧を喉に押し込んだ。

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