ゆっきーさんとカナは、階下への扉の前で警戒。
俺とボタモチさんは、ボス部屋の入り口のドアに耳をあてる。
だが、分厚い扉に阻まれているからか、何も聞こえない。
「あっ、狼犬に聴音スキルある」
ボタモチさんの狼犬に、聴音スキルが備わっていたようだ。
スキルを発動すると飼い主にダイレクトに聞こえるらしい。
「おお、聞こえる! かなり大人数の足音だね」
やはり誰かがオブロに入ってきたようだ。
「あっ、戦闘が始まったみたいです」
「俺とゆっきーさん、かなり苦戦したからな……」
「俺らも同じです。ユニオンの増援でしょうか?」
「今、ギルド本部で動けるのはリブさんと、ヤキスギさんだけなので……」
「くそっ! バスターペンギンの襲撃ですね」
ボタモチさんが悔しそうに言った。
おそらく彼もAI秘書を失っているのだろう。
「そうなんですよ。ジショさんたちは足をやられてます」
「となると、本部も心配ですね……」
「俺は寝落ちしていて運よく無事だったんです」
「なるほど。だとすると、ほかのギルトかな……」
「そうかもしれません」
「なんとかここまでたどり着いてくれるといいのですが……」
三十分ほどすると、静かになった。
どうやら決着はついたようだ。
あとは侵入者が勝利していることを祈り、ボス部屋の扉を開けてくれるのを待つしかない。
既にクリアしているボタモチさんがいるから、ボスは再生せず、階下への扉もロックが解除されると推測している。
どのくらい待っただろうか……。
たぶん一時間程度だと思うが、永遠に来ないのではないかと、みんなが不安に感じ始めたころだった。
「何か聞こえてきた」
ボタモチさんが何かを聞き取った。
ぼっ、ぼっ、僕らはアヒル冒険団~♪
勇気りんりん、アヒル色~♪
希望に燃える、アヒル色~♪
怖いものなどあるもんか~♪
ぼっ、ぼっ、僕らはアヒル冒険団~♪
「アヒル隊長――!」
ボタモチさんが叫んだ。
「えっ、アヒル隊長なんですか?!」
「間違いないです、いつもの隊歌うたってます」
ああ、あれか……。
アヒルの行列は、一度見たら誰もが忘れないインパクトだ。
自然と動物を愛する彼は、特にアヒル愛が強い。
リアムンに特注した、アヒルアバターをいつも身に着けている。
もちろんAIたちにも装着させているのは、言うまでもない。
アヒル隊長は、主にファーム経営を生業としている。
AIたちを使った合鴨農法ならぬアヒル農法で、オーガニック食材を生産している。
農園では雑草や害虫を駆除するために、薬剤を使用するのが一般的な方法だ。
だが、大量のAI秘書を抱えているアヒル隊長は、デュエルに回す以外に農園管理もさせている。
アヒルアバターには害虫駆除と雑草処理のスキルが付いているのだ。
たくさんのAIを抱えているからこそできる農法だ。
もちろん肥料にもこだわり、化学肥料ではなく、リブさんが営む養鶏場の鶏糞を利用しているから完全有機栽培だ。
ほかの農園にアヒル隊を派遣するレンタルAIも行っている。
オーガニック食材で作られた食品は、ブーストアイテムでより高い効果を発揮するため、高額で取引されている。
しかし、行方不明のアヒル隊長がなぜここに?
「ぜんたーい止まれ!」
「この部屋の前まで来たようです。扉の前で停止しました」
「よかった。これで階下に下りられますね」
「戦闘隊形、第一列、ケイティ、アヴリル、リアーナ!」
「サー、イエッサー!」
「第二列、オリビア、サクラ、アマテラス!」
「サー、イエッサー!」
「第三列、レベッカ、ア……いや、俺」
「サー、イエッサー!」
「突撃準備――!」
「ヤバい、アヒル隊が突っ込んでくる!」
ボタモチさんが叫ぶ。
それはヤバい――!
「同士討ちに注意! 壁際に散開――」
「隊長、ロックはされていません、押し開きます――」
「よし、第一列が突入したら、第二列は即座に続け、レベッカは、俺のそばを離れるな」
「サー、イエッサー!」
「よし、行けーっ!」
アヒル隊と交戦にならないように、全員壁際に張り付く。
アヒル隊第一列が突入してきて、盾を構える。
第一列がじりじりと前進し、第二列もボス部屋に突入してきた。
そこでようやくアヒル隊のAIたちは、俺たちを認識した。
「隊長、ギルドメンバーの方々がいます――」
「えっ!」
アヒル隊長が飛び込んできた。
部屋内を見渡す。
「ボタモチさん、ゆっきーさん、よいたろうさんまで――! なんでこんなところに……」
いや、それはこっちのセリフなんだけどな……。
現況をよく理解していなかったアヒル隊長に、これまでの経緯を全て話した。
「ところでアヒル隊長は、なんでこんなところに?」
みんなが聞きたいであろうことを口にした。
「ああ、アンが行水したいと言い出したから、みんなで海に遊びに来たんだ」
「船持ってたんですか?」
「ああ、リアムンさんに特注したこのアバターは、行水スキル付きなんだよ」
「なるほど!」
そのスキルいいな、水着にもつけられるかも……。
ヒメミたちに作ってやるかな……。
いや、ほんの一瞬頭をよぎっただけだ。
エロい意味じゃない……たぶん。
「それでね、遊んでいたらアンがいなくなってしまってね」
「そういえば、一人足りないですね……アンちゃんって、確か第三世代でしたよね?」
「うん、そう。で、島の裏側まで探し回ったんだ。でも見つからなくてね」
「ああ、それでオブロに……」
「うん、オブロは明日オープンだから、入れるとは思ってなくて後回しになった」
「そうですよね」
「でも、来てみたら入れたから、アンももしかしたらと思ってね」
「なるほど、でも……」
「うん、とても一人で無事で済むところではないから、違うかも」
「ですよね……じゃあ別のところに」
「いや、どうかな。どっちにしても、アヒル隊も、オブロ攻略手伝います!」
「それは心強い! でも、かなり危険ですけど、いいのですか?」
「その、さっき説明で聞いたバスターペンギンというのには出会ってないけど、ここはいけそうな気がする」
「ここまで一人でというか、アヒル隊強いですよね。損害も殆どないみたいですしね」
「まあね。ということで、アンも探さなきゃいけないし、俺もユニオンメンバーだしね」
「ありがとうございます、何としてもイブまでたどり着きましょう」
これでオブロ攻略パーティーは三隊となった。
オブロ攻略の可能性が一気に高まった気がする。
予想通り、階下への扉のロックは解除されていた。
先頭はアヒル隊が務めることになった。
アヒル農法で鍛えた一糸乱れぬ連携は、ここでの戦いでも効果を発揮しそうだ。
まさにアヒル戦法と言っていいんじゃないだろうか。
地下第一階層のモンスターの大群に対して、AIたちが多いとはいえ、アヒル隊単独で戦って大した被害が出ていないのだから。
第二陣は、よいたろうパーティー。
最後尾は、ボス再生の危険があるので、ボタモチ・ゆっきーパーティーだ。
無事、全隊がボス部屋を出る。
パタン――!
ガチャン。
扉が自動的に閉まり、ロックがかかったような音がした。
おそらくボスが再生するのであろう。
ボス部屋に戻った場合、どうなるのかは不明だが。
今はそんなことはどうでもいい。
「マスター、何か来ます」
偵察のため、数メートル先行しているカエデが叫ぶ。
「全員警戒――!」
「大丈夫です、アヒル隊長のペットのリスでした」
ちゃんとリビールしてたのか、言うの忘れたと思ってたんだけど。
リスはステルススキルを持つ。
パーティー外では通常見えないが、カエデなら看破できる。
「アヒル隊、全員無事二階層到達。巨大な空間に、現在は敵なし――との報告」
リスは、カエデに伝達を終えると、最後尾のボタモチ・ゆっきーパーティーへ向かったようだ。
俺もぺットのリス、リジィーを偵察に出す。
「了解、カエデ。全員早足、アヒル隊に急いで合流する」
二階層に着くと、そこは予想以上の空間だった。
東京ドーム並の巨大な円形の空間のようだが、薄暗くて反対側の壁まではよく見通せない。
「うわーっ、なんだここ、巨大すぎる――!」
「これは凄い……」
ゆっきーさんとボタモチさんも到着した。
上を見上げる。
なんとなく、そこに天井があるように見える。
ただ、やはり暗くて距離感がつかめない。
一階層の通路よりは、はるかに高そうだ。
「あっ、マスターそっ……」
マミが注意しようとしてくれたが、もう遅かった。
ドタッ――!
「痛ってぇー」
何かに足がつっかかって転んだ。
ドドーン!
ドドーン!
ドドーン!
あっ、俺また何かやったかも……。
(著作:Jiraiya/ 編集:アヒッル)